非常時には人間の本性が出てくる。こう書くと少し大袈裟に響くが,今回のテロ事件に際し人々が異なるメディアをどう利用したか,それによって各メディアが現在果たしている役割が明らかになった(ここでは「メディア」のなかに,電話や電子メールのような通信手段も含めている)。

 世論調査機関の米Harris Interactiveによれば,事件が勃発してから,米国人の主要な情報源はテレビだった。ここから得た情報に基づき,調査対象の47%の人がインターネットで様々な議論を繰り広げた。さらに調査対象の23%の人が,「インターネットでの語らいによって,悲劇に上手く対処できた」と回答した。

 この調査結果からは,インターネットが電子メールやインスタント・メッセージング(Instant Messaging:IM)を主体とする通信手段,あるいはそれを拡張した仮想コミュニティとしての役割を果たしていることが分かる。

 一方でインターネットの“放送的”な側面も見逃せない。事件発生当日の11日,MSNBCのウエブ・サイトは1250万本のビデオ・ストリームを流した。そして翌日から1週間にわたって1日あたり800万~1000万本を流し続けた。これまでの最高記録が,シアトル震災時における1日150万本だから,今回の凄まじさがわかる。他の主要なメディア・サイトへもアクセスが集中した。

 ただあまりに利用者が多過ぎて,主要なメディア・サイトはいずれも事件発生直後にパンク状態に陥った。ABCNews.com,CNN.com,NYTimes.comは,東部時間の午前9時にアクセス不能になった。USAToday.comは同時刻におけるアクセス可能率が18%,MSNBC.comは同22%だったから,これもほぼパンク状態といってよいだろう。

 こうしたメディア・サイトのなかには,ビデオなど大容量のデータ・サービスを停止して,シンプルなテキスト情報だけにして急場を凌いだところもある。現在のインターネットは放送媒体としての役割を期待されながら,それに相応しいキャパシティを備えていないとことが改めて露見したことになる。

 インターネットにおける偽情報は今回も多数発生した。「ノストラダムス予言」の変形版や,「CNNのビデオ・テープ転用」の噂などいずれもデマだった。自らを赤十字と偽って寄付を募るオンライン詐欺なども登場する始末だ。事態が事態だけに,無責任な情報はパニックを招く恐れがある。いくつかのニュース・グループになかには,これを恐れて自主的にサイトをクローズするところも出た。

 冒頭に記したように,インターネットは非常時における通信手段として,その能力をいかんなく発揮した。貿易センター・ビルに拠点を構えていた地域電話会社の交換機や電源,さらには通信アンテナが破壊され,固定・携帯電話のいずれも使用不能になる地域が発生した。また他州や海外から,家族や友人の安否を気遣う長距離電話が殺到し,市内で直接の被害を受けなかった地域でも電話が通じなくなった。

 市内の緊急電話が通じなくなることを恐れた米AT&Tなど長距離電話会社は,一時的に市外からの長距離電話を遮断した。こうしたなかで,電子メールは反応が遅くなりはしたものの,おおむね正常に動作した。市民は電子メールやIMを多用して,お互いの安否の確認に使った。

 テロ現場周辺では,BlackBerryなど,電子メールが使えるページャ型の通信端末が重宝された。携帯電話が使用不能になるなか,こうしたシンプルなメカニズムの通信機器(サービス)は影響を受けなかった。テロ現場から命からがら逃げ出した人にも,電子メール機能を備えたページャーを使って連絡をとる人が少なくなかった。他にPalm VIIなど,無線でのインターネット・アクセスが可能な携帯端末(PDA)もおおむね正常に働いたようだ。

 今後,米国がアルカイダやタリバンとの武力衝突に入れば,テロの恐怖がニューヨーク市民,さらには米国民のあいだに広がるだろう。事件に巻き込まれないためには,家族・友人らと緊密な情報交換をしたり,メディアが発する最新の情報に常に接している必要がある。たとえば市街地を歩いているときに,情報端末からテロ勃発のニュースが流れれば,少なくとも事件現場には近づかない,といった回避策が可能になる。

 今回の同時多発テロは,無線インターネットの利用者が急増するキッカケになるような予感がする。

(小林 雅一=ジャーナリスト,ニューヨーク在住,masakobayashi@netzero.net

■著者紹介:(こばやし まさかず)

1963年,群馬県生まれ。85年東京大学物理学科卒。同大大学院を経て,87年に総合電機メーカーに入社。その後,技術専門誌記者を経て,93年に米国留学。ボストン大学でマスコミの学位を取得後,ニューヨークで記者活動を再開。著書に「スーパー・スターがメディアから消える日----米国で見たIT革命の真実とは」(PHP研究所,2000年),「わかる!クリック&モルタル」(ダイヤモンド社,2001年)がある。