想像を絶するテロ事件を経て,米国では諜報機関の能力に対する疑問の声が上がっている。CIA(米中央情報局)やFBI(米連邦捜査局)をはじめ米国政府の諜報活動(Intelligence)には,年間で約300億ドルの予算が注ぎ込まれている。これほどの大金を費やしながら,一度に4機ものジェット機をハイジャックされ,国防の中枢“ペンタゴン”と市場経済の象徴“ワールド・トレード・センター(WTC)”を破壊されたのである。米国世論の非難が諜報機関に集まるのも無理はない。

 これに対しCIAでは,「自分たちは事前にテロ情報をつかんでいた」と反論している。それによればCIAでは8月に,飛行機を操縦したテロ犯2人を「要注意人物」として,INS(移民局)に警告していたという。また,首謀者とされるビン・ラーデン氏の関係者が事件前にインターネットで頻繁に連絡を取り合っていたことも傍受し,報告していたと主張する。

 「こうした情報を受け取りながら,しかるべき対策を怠った行政府に責任がある」というのがCIAの言い分である。

 しかし,どうなのだろう。CIAが報告したのは,いずれも断片的な情報に過ぎない。これらから「旅客機を操縦して高層ビルに激突する」という,空前の事態を予言できる人が何人いるだろうか?

 確かに,FBIやCIAがそこまで具体的なシナリオを思い描くのは不可能かもしれない。だが,「何かおかしい!」と気付くだけの感受性を持った人が,危機管理の責任者として存在しなかったことが,悲劇の根本原因だと筆者には思える。

 そもそも「テロ組織の関係者が,連絡を取り合っていた」といった類の情報は,頻繁に発せられており,これを受け取る側も一種の不感症に陥っていたことも考えられる。最も重要な点は,断片的な情報から危機を感知できる能力を,危機管理の責任者が備えていたかどうかにあるようだ。

 以前に本コラムでも紹介した電子メール傍受装置「Carnivore(カーニバー)」や,世界的な衛星傍受網の「ECHELON(エシュロン)」をはじめ,高度な諜報システムが張り巡らされた現代社会では,情報は湯水のごとく入ってくる。問題はそれを的確に判断し,危機を回避する人間の能力にある。要はやっぱり人なのだ。

(小林 雅一=ジャーナリスト,ニューヨーク在住,masakobayashi@netzero.net

■著者紹介:(こばやし まさかず)
1963年,群馬県生まれ。85年東京大学物理学科卒。同大大学院を経て,87年に総合電機メーカーに入社。その後,技術専門誌記者を経て,93年に米国留学。ボストン大学でマスコミの学位を取得後,ニューヨークで記者活動を再開。著書に「スーパー・スターがメディアから消える日----米国で見たIT革命の真実とは」(PHP研究所,2000年),「わかる!クリック&モルタル」(ダイヤモンド社,2001年)がある。

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