米IBM研究所が,カーボン・ナノチューブ(carbon-nanotube)を使った論理素子の開発に成功した(関連記事:「ムーアの法則を超える!」,米IBMが単一分子でコンピュータ論理回路“NOTゲート”を実現)。シリコン基板に配線をエッチングする現在の方式に代わる,次世代素子としての期待が高まってきた。

 カーボン・ナノチューブは,六角形の炭素分子を敷き詰めた極薄のシートが丸まって筒状の構造になっているもの。その厚さは炭素原子10個分。人の髪の毛の約10万分の1という薄さだ。極小の微細加工技術,いわゆるナノ・テクノロジーのなかでも,最も実用化に近い技術として期待されている(nanoは10億分の1を意味する)。

 シリコンを使った現在の半導体集積技術は,今後15年以内に物理学上の限界に突き当たると予想されている(関連記事:土俵際のIT革命)。15年後以降に,より高速で集積度の高い素子を作るには,全く別の方式に切り替える必要がある。現在のシリコン基板と同じ面積に約1万倍のトランジスタを集積できるカーボン・ナノチューブは,有力候補の一つである。

 カーボン・ナノチューブは80~90年代にかけて,英サセックス大学(Sussex University)のHarold Krote,米ライス大学(Rice University)のRichard SmallyとRobert Curl Jr.の3氏,そして日本の飯島澄男氏(NEC主席研究員,名城大教授)らの研究・実験によって,その存在が予言・確認された。英米チームの3氏はこの功績により,1996年のノーベル化学賞を受賞している。

 Smally氏はその後,Carbon Nanotechnologies(http://cnanotech.com/)と呼ぶ会社を興し,ここでカーボン・ナノチューブの商業生産に乗り出した。現在の生産量は1日あたり25gと,まだ大量生産はできない。また価格も1gあたり200ドルと高い。

 ここで製造されたナノチューブを使って,IBM社の研究チームは今回の開発に成功した。開発したのは,「AND」「OR」「NOT」と3種類ある基本ゲートのうち,最も単純な「NOT」ゲート。そのサイズは今のところ,シリコン上の素子よりも大きいが,小型化は時間の問題という。

 これまでカーボン・ナノチューブを使ったトランジスタは,ホールが電子の海を移動する,いわゆるp型しか存在しなかった。今回IBMチームは,カリウム原子を吹き付けることによってn型の開発に成功し,両者を組み合わせて「NOT」ゲートを実現した。詳細な研究成果は,9月に発行されるNano Letters誌に掲載される。IBM社の研究チームは今後,残り2種類のゲートの開発に取り組む予定だ。

 カーボン・ナノチューブは集積回路のほかにも,伝導性プラスティック,燃料電池,鋼鉄よりも強い堅牢糸,さらにテレビやパソコンのディスプレイなど,多方面への応用が期待されている。またの生産には,前述のCarbon Nanotechnologies社のほかに,米Fullerene International(http://www.fullereneinternational.com/)や日本の昭和電工(http://www.sdk.co.jp/)も携わっており,材料生産については一つの産業領域を形成しつつある。

 現在のIT(情報技術)を支えるシリコン半導体。その物理的限界が迫るなか,カーボン・ナノチューブにスムーズにバトンを渡せるかは大きな意味をもつ。開発研究に拍車がかかっているものの,まだまだ多くの課題が残されている。正念場はこれからだ。

(小林 雅一=ジャーナリスト,ニューヨーク在住,masakobayashi@netzero.net
■著者紹介:(こばやし まさかず)


1963年,群馬県生まれ。85年東京大学物理学科卒。同大大学院を経て,87年に総合電機メーカーに入社。その後,技術専門誌記者を経て,93年に米国留学。ボストン大学でマスコミの学位を取得後,ニューヨークで記者活動を再開。著書に「スーパー・スターがメディアから消える日----米国で見たIT革命の真実とは」(PHP研究所,2000年),「わかる!クリック&モルタル」(ダイヤモンド社,2001年)がある。

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