EU(欧州連合)の特別委員会は7月3日に,1年間にわたる「エシュロン(ECHELON)」調査をひとまず終え,報告書を採択した。

 同報告書によればエシュロンとは,「米英を中心とする英語圏5カ国が世界に張り巡らした通信傍受網。1948年に米英が結んだUKUSA協定に基づき,70~80年代にかけて実際に構築された軍事衛星網である。世界の19カ所に設置したパラボラ・アンテナと120カ所の中継点を使って全世界をカバーし,主に通信衛星を経由する国際電話やファクス,電子メールなどを傍受する(最近では,光ファイバなど地上回線を経由する通信も傍受しているが,全体に占める比率はまだ小さい)。当初の目的は,冷戦時代における共産圏諸国の情報収集だったが,冷戦終了後はEU諸国や日本の企業を狙った産業スパイ用に利用されている」というものである。

 エシュロンの存在は,1988年に英国誌「New Statesman」が記事で触れるなど,かなり以前から指摘されている。米国ではジャーナリストのJames Bamford氏がこれをよく研究しており,近著「Body of Secrets : Anatomy of the Ultra-Secret National Security Agency from the Cold War Through the Dawn of a New Century」にエシュロンの詳細が説明されている。

 確かに「謎に包まれた国際電子諜報網」というのは,記者にとっても読者にとっても魅力的なトピックだ。でも雲をつかむような話で,曖昧この上ない。これは忘れた頃にメディアが取り上げる,ちょうど「ネス湖」のネッシーのような存在だと思えばいいのかもしれない。ネッシーもエシュロンも,その存在を裏付ける決定的な証拠は発見されていないのだ。

 今回のEU報告書でも,「存在を確信する」という強気の結論とは裏腹に,決定的な証拠は示されていない。EUの追究に対し米国はトボケ続けている。EUエシュロン委員会の代表団が2001年5月に,調査のためワシントンを訪問した際も,National Security Agency(国家安全保障局)は面会を拒絶した。欧州の追究を,米国は完全に無視しているのだ。

 欧州議会が採択した今回の報告書には,実は法的な拘束力が全くない。EUエシュロン委員会の一連の調査活動は,全世界に向かって米国の産業スパイ活動の存在を訴える,PRと見るのが正解だろう。

 エシュロン委員会は報告書のなかで,「米国に対抗する形で,EU諸国も情報収集力を強化する必要がある」と訴えている。こうした記述などから,「欧州は自前の通信傍受網を作るために,(それに対する国際的関心をそらす)煙幕としてエシュロンを使おうとしている」(欧州議会イタリア代表のMauzio Turco氏)といううがった見方も身内から出ている。エシュロンに対する見方や姿勢は,欧州内部でもバラバラということのようだ。

(小林 雅一=ジャーナリスト,ニューヨーク在住,masakobayashi@netzero.net

■著者紹介:(こばやし まさかず)

1963年,群馬県生まれ。85年東京大学物理学科卒。同大大学院を経て,87年に総合電機メーカーに入社。その後,技術専門誌記者を経て,93年に米国留学。ボストン大学でマスコミの学位を取得後,ニューヨークで記者活動を再開。著書に「スーパー・スターがメディアから消える日----米国で見たIT革命の真実とは」(PHP研究所,2000年),「わかる!クリック&モルタル」(ダイヤモンド社,2001年)がある。