ウエブ・サイトのトラフィック獲得競争が熾烈さを増している。サイトのトラフィック(利用者数)は普通,クリック(ヒット)数で測るが,これはテレビの視聴率のようなものだ。トラフィックが多いほど,広告主(クライアント)を獲得し易いし,広告料金のレートも高く設定できる。

 IT不況のなか,現金(広告収入)がどうしても欲しいウエブ・サイトは,あの手この手を使って,何とかトラフィックを増加させようと努力する。しかし,それが行き過ぎて,「見せかけのトラフィック」に過ぎないようなものまで,ヒット数に算入されており,計測システムに対する根本的な疑問が投げかけられている。

 つい最近問題になったのが,「X10」という無名のカメラ・メーカーが出した新種のウエブ広告である。たとえばNew York Timesのホーム・ページに行くと,お目にかかることができる。ちょっと変わった広告で,New York Timesのサイトにアクセスした瞬間に,X10の「Tiny Wireless Video Camera」という名称のウインドウがパッと開き,すぐに消えてしまう。

 実はこれ,消えたのではない。開いた瞬間に,New York Times本体のウインドウの後ろに隠れてしまうのだ。そしてユーザーがNew York Timesのウインドウを閉じると,X10の広告が突如現れる仕組みになっている。現れた瞬間に背後に消えてしまうので,「ポップダウン(pop-down)広告」などと呼ぶ人もいる。このポップダウン広告はしぶとくて,以前に本コラムで紹介した「広告ブロッカー」を使っても退治できない。

 さらに困った問題がある。これが広告ではなく,X10のホームページへのトラフィックとしてカウントされることだ。ユーザーはNew York Timesのホームページをアクセスしたはずなのに,それを閉じた瞬間にX10のホームページに強制的に誘導されてしまいヒット数に数えられる。しかし,本来の意味のトラフィック,すなわち「あるサイトに関心をもった人が意図的にそこにアクセスした」数に該当しないはずだ。

 ウエブ・サイトのトラフィックを計測する大手企業には,米Nielsen/NetRatingsと米Jupiter Media Metrixの2社がある。このうち前者は,X10のポップダウン広告を「単なる広告」と解釈しトラフィックとしてはカウントしなかった。ところが後者のJupiter Media Metrix社は,「X10のホームページがアクセスされた以上,これもトラフィックであることに変わりない」として計測値に算入してしまった。

 この結果,Jupiter社が5月に発表したトラフィック・ランキングに,X10という聞いたこともない会社のサイトが5位に食い込んでしまった。このポップダウン広告を出し始めた約1カ月間で,トラフィックは何と2倍になったのだ。一方,この数字を無視したNielsen社のランキングでは,上位100社にも入っていない。

 似たようなケースは他にもある。たとえば,ユーザーがあるウエブ・サイトにアクセスし,そこから出ようとすると,突然ウインドウがポンポンと二つ,三つと開いて,強制的に別のサイトに飛ばされてしまうケースだ。この場合,後から開いたホーム・ページへのトラフィックが増えることになる。

 あるいはサイトを出ようとすると,「もう出るの?」というウインドウが開き,それに対しユーザーが「出る」と答えると,「こういうサービスもあるんだけど」という別のウインドウが開き,それでも「出る」と答えると,また別のウインドウが開き・・・と延々と続くこともある。ユーザーはいつまでも,このサイトから離れられない。このあいだに開かれた全てのウインドウの数が,トラフィックに算入される。

 「見せかけのトラフィック」を増加させる手段は,いくらでもあるようだ。トラフィック計測会社が,従来のように機械的に数字を処理する限り,全く意味のない統計値が一人歩きすることになる。計測値への信頼性を維持するには,多少余分な人手と時間をかけても,異常な変動を示した数字をチェックし,意図的な操作を発見した場合には,これを除外するしかないだろう。

■著者紹介:(こばやし まさかず)
1963年,群馬県生まれ。85年東京大学物理学科卒。同大大学院を経て,87年に総合電機メーカーに入社。その後,技術専門誌記者を経て,93年に米国留学。ボストン大学でマスコミの学位を取得後,ニューヨークで記者活動を再開。著書に「スーパー・スターがメディアから消える日----米国で見たIT革命の真実とは」(PHP研究所,2000年),「わかる!クリック&モルタル」(ダイヤモンド社,2001年)がある。

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