米4大ネットワークの一つ米NBCが巨額の資金を投じて立ち上げたインターネット・サイトNBCiが,先日閉鎖された。NBCがNBCiを吸収する形をとるが,NBCiのオフィスは閉鎖され,従業員のほとんどは解雇されるから,事実上のプロジェクト終了を意味する。

 ここにきて,WWWを使った情報発信を手がけるネット・メディア業界には淘汰の嵐が吹き荒れている。倒産や閉鎖,業務縮小,解雇が相次いでいるのだ。米Disneyが立ち上げたGo.comは2001年1月に事実上の閉鎖に追い込まれた。米New York Times Digitalや米WSJ.comなど,新聞社系のニュース・サイトも業務縮小や一部解雇を打ち出した。

 こうした伝統的メディアが立ち上げたネット・メディアは,最悪でも親会社がある程度面倒を見てくれるから多少の救いがある。しかしインターネットに特化したメディアは悲惨だ。バブル全盛期に「テレビ局をマスコミ業界から追い出してやる」と勢い込んでスタートしたネット放送局の米Pseudo.comは,バブル崩壊とともにあえなく倒産。犯罪に特化したニュース報道で注目を浴びた米APBNews.comも,後を追うように消滅の憂き目にあった。これ以外にも,有名・無名のネット・メディアが次々と姿を消している。

 APBNews.comの倒産にまつわる,ほろ苦い逸話がある。同社のニュース・サービスは報道界で高い評価を受けていた。2000年には,米国のジャーナリズムで最高の栄誉であるピューリツァ賞を受賞するに至った。授賞式の晩餐会に出席したAPBNews社員に割り当てられた丸テーブルは,何とニューヨーク・タイムズの隣だった。

 「創設してわずか3年余りで,ニューヨーク・タイムズと肩を並べるまでになった。苦労した甲斐があった」と,APBNewsの社員たちは授賞式で胸を詰まらせた。ところが翌日,出勤した社員を待ちうけていたのは,「業務閉鎖」と「従業員全員解雇」の知らせだった。

 この逸話は,ネット・メディアが直面する問題の本質を見事に表している。それは「どんなに良い商品(ニュース・サービス)を提供しても,それがビジネスの成功に直結しない」ということである。APBNewsの編集長を務めたHoag Levins氏は,「インターネット・バブルが弾け,ベンチャー・キャピタルからの投資が途絶えた。ドットコム企業の広告がさっと引き揚げてしまうと,もう手の施しようがなかった」と語る。

 結局のところ,良い商品を作ることと金儲けは別次元なのだ。これは全てのビジネスに当てはまるが,ドットコム・バブルの最中には,巨額の資金がネット業界に流入したので,“金儲け”の努力はおろそかにされてた。

 広告収入の激減を受けネット・メディア企業は,一部のサービスを有料化することで難局を乗り切ろうとした。普通のニュースは無料だが,経済の分析記事や過去記事のデータベースなどをプレミアム・サービスとして売ろうとしたのだ。しかし今のところ,そこから上がる収入は微々たるもの。試行錯誤の末に「やっぱり基本は広告収入」という方向に回帰しつつある。

 先のLevins氏は,「投資家があと4年辛抱してくれれば,APBNewsは利益を出すことができた。あと4年あれば,十分な広告収入を上げるために必要な固定読者を獲得できたはずだ」と悔しさを滲ませる。

 同氏によれば,インターネット広告のビジネス・モデルが成立しない理由は,「単にインターネットの普及率がクリティカル・マスに達していないだけの話」ということになる。ネット・メディアが花開くのは時間の問題に過ぎないというのだ。Levins氏の調査によれば,今のインターネットは歴史的に見て,テレビ放送の初期の時代に相当するという。

 「テレビ放送の黎明(れいめい)期である1930年代,テレビ局は利益を上げるビジネス・モデルの確立に苦心していた。その結果,広告収入というモデルに辿りついた。しかし,広告から十分な収入を得るには,そのメディアの世帯普及率が最低でも60%に達しなければならない。インターネットの普及率は現在,まだ(先行する米国ですら)40%に過ぎない」とLevins氏は語る。

 逆に言えば普及率が60%を超えれば,広告収入だけで利益を上げられるということになる。Levins氏はさらに,「その頃にはブロードバンドのインフラが普及し,これもインターネット・メディアの強い追い風になる」とみている。

 しかし,「40%と60%で劇的な違いが生まれるのか」という気もする。また米国では会社でのインターネット利用も含めると,普及率はすでに60%を超える。さらに企業ユーザーの多くは,既にブロードバンド・インターネットに親しんでいる。こうした状況を考え合わせると,Levins氏の将来予測は楽観的に過ぎるという印象を禁じ得ない。

 報道機関の将来はデジタル化の成否にかかっているのは間違いないところだろう。しかし,経営的な道筋は未だに見えていない。いましばらくは,試行錯誤が続くことになる。

(小林 雅一=ジャーナリスト,ニューヨーク在住,masakobayashi@netzero.net

■著者紹介:(こばやし まさかず)
1963年,群馬県生まれ。85年東京大学物理学科卒。同大大学院を経て,87年に総合電機メーカーに入社。その後,技術専門誌記者を経て,93年に米国留学。ボストン大学でマスコミの学位を取得後,ニューヨークで記者活動を再開。著書に「スーパー・スターがメディアから消える日----米国で見たIT革命の真実とは」(PHP研究所,2000年)がある。