年明け早々に発表された米America Onlineと米Time Warnerの合併発表は,メディア業界再編の方向を決定づける動きとして,関係者に衝撃を与えた。米国の法律専門家によれば,独禁法に抵触する恐れが小さく,司法省やFTC(米連邦取引委員会)などの規制当局も合併を承認する公算が高いといわれる。

 合併が成立すれば,両社をあわせた株式時価総額は3500億ドル,従業員は8万2000人,年間売上高は320億ドルに達する。経営規模の大きさもさることながら,放送や映画,雑誌などの既存メディアとインターネットというグローバルな情報ネットワークが結びつくことによる潜在的威力は計り知れない。

 しかし今回の合併を取引としてながめた場合,最も興味深いのはどちらがどちらを飲み込んだのかということだ。

 公式発表では,両社は「対等」合併したという表現になっている。しかし,これを額面通り受け取る向きは少ない。AOL社の株主が新会社「AOL Time Warner」の55%を占めることもあり,AOL社がTime Warner社を吸収した格好だ(ちなみにニューヨーク証券取引所での取引名称はAOLとなる)。新会社の会長には,現AOL社会長のSteve Case氏が就任する。80年代に米メディア業界の寵児ともてはやされた現Time Warner会長のGerald Levin氏は新会社のCEOとなるが,誰が見ても主導権を握ったのはAOL社の方である。

 この結果について多くのメディアやアナリストたちは,「まったく逆の形になると予想していた」と驚きを隠さない。「逆の形」とは,名門のTime Warner社が新参のAOL社を買収するということだ。両社の歴史や事業規模を比べれば,こう予想するのも無理はない。

 AOL社は1985年の設立以来,毎年飛躍的なペースで業界を拡大し続ける世界規模のインターネット接続業者である。会員数は1999年の2000万人を突破した。従業員数は1万2000人,年間売上高は48億ドルだ。

 一方のTime Warner社は,1920年代に宣教師の息子Henry Luce氏が設立したTime Inc.に端を発する。出版業を起源にもつ同社はその後,映画や音楽のWarner Brothers,報道のCNNなど多様なメディアを吸収し,巨大なコングロマリットに成長した。全米の世論形成にも大きな影響を与えた。98年の売上高は268億ドルで,7万人の従業員を抱える。

 このように企業規模や伝統,格式といったあらゆる面で,Time Warner社がAOL社よりもひと回り大きいのである。それなのに,なぜAOL社がTime Warner社を飲み込むことができるのか。

 そのカラクリは,株式交換方式と呼ぶM & Aシステムにある。自社株で相手株を買う方式だ。英語では「stock currency」と呼ばれる。すなわち,株式が現金の役割を果たすのである。

 米国で企業を評価するときに重視されるのが株式時価総額である。これは,ある企業が保有する自社株式の総額を意味する。株式時価総額は,そのまま企業の値段となり,相手企業を買うときには原資として評価される。売上高や純利益といった従来の指標は,いまや過去の物差しとなった。

 昨今のインターネット投資ブームによって,米国のネット関連企業の株価は急上昇した。株価が上がれば,当然ながらその企業の時価総額は膨れ上がる。AOL社のような新興企業がM & Aに打って出られるのも,株式を現金代わりに使えるからだ。

 合併直後のAOL社の株式時価総額は1900億ドル,対するTime Warner社は1600億ドル。この差にものを言わせて,AOL社はTime Warner社を吸収したのだ。

 さて問題は,こういう形態の買収が米国だけに留まらず,先進諸国全体に広がる可能性があることだろう。ドイツ,フランス,イタリア,スイスなど欧州各国でも株式交換によるM & Aは認可されている。このため今,欧州のインターネット企業やハイテク・ベンチャーは,米国インターネット企業による侵略におびえ,戦々恐々としているといわれる。

 というのは,欧州のハイテク・ベンチャー株は米国ほど高く評価されていないからだ。逆にいうと,米国のハイテク株が高すぎるのである。客観的な比較は難しいが,一説によれば米国のハイテク株は欧州に比べて平均で4倍くらい高く評価されているという。だから「stock currency」を使う場合,米国企業の方は圧倒的に有利なのだ。

 さてこうした事態は,実は日本企業にとっても他人事ではすまされない。Time Warner社のような強力な米国資本が株高の威力を振りかざし,日本のメディア企業のコンテンツをねらってM & Aを仕掛ける可能性もあるのだ。

(小林雅一=ジャーナリスト,ニューヨーク在住,masakobayashi@netzero.net