シリコンバレーから企業が逃げていく----米国時間1月17日から断続的に発生する停電で,ハイテク企業集積地の人気が急降下しつつある。シリコンバレーからの企業脱出の理由としては,賃金や不動産の高騰が挙げられることが多かったが,そこに“停電”が加わった。

 カリフォルニア州北部では既に99年から電力危機が話題に上り,2000年夏からはいつ停電が起きてもおかしくない状況が続いていた。大地震や暴動などの苦難を乗り越えて,ハイテク地帯としての地位を維持してきたシリコンバレーだが,産業の動力となる電力供給がおぼつかなければ企業の運営は窮地に追い込まれる。

 米Intelは既に,「電力事情が改善しない限り,(シリコンバレーで)事業を拡張することはあり得ない」と表明した。またSilicon Valley Manufacturing Group(シリコンバレー製造業連合)によれば,所属企業190社の半数がカリフォルニア州を離れて別の地域に工場を移す計画を立てている。電力危機はシリコンバレーが,この10年間で直面した最大の問題となっている。

 1300万人の人口を抱えるカリフォルニア州北部では,先週の17日と18日に輪番停電(地域を区切って一定時間,順番に停電させていくこと)が行われた。壊滅的な打撃を予防するための一種の「計画停電」であるから,パニックは発生しなかったが,人々の生活やビジネスに相当の影響を与えた模様だ。

 カリフォルニア州に拠点を置く企業の売り上げや生産性,賃金まで全部考慮すると,先週1週間で約17億ドルが失われたともいわれる。特に電子商取引(eコマース)企業への打撃は深刻で,停電でWWWサイトの営業を停止すれば,1分間に2万ドル~100万ドルもの売り上げを失うという。

 Intel社など一部大企業は,電力配給会社とのあいだで優先契約を結んでいるために直接の被害は免れた。しかし主力企業でも米Hewlett-Packard(HP)のように,18日に停電に見舞われた企業もある。病院や警察など緊急施設を除けば,特別扱いは許されないのだ。

中途半端な電力自由化が招いた危機

 カリフォルニア州における電力危機の原因は,規制撤廃による電力自由化の失敗である。96年に米国のトップを切って始まった自由化は,発電会社による「電力価格吊り上げ」という惨憺(さんたん)たる結果に終った。

 米国でも昔は日本のように,電力会社が発電・送電・配電(消費者や企業に電気を売ること)の全てを一括して行っていた。しかし規制撤廃後は,これが二つ(発電会社と配電会社)に分割され,発電会社は作った電気を「パワー・エクスチェンジ(PX)」と呼ぶ市場に卸し,ここから配電会社が自由価格で電気を買って,消費者や企業に売ることになった。価格規制を撤廃し市場原理に任せることで,電力価格が下がるのを狙ったものだ。

 ところが自由化で需給環境が不安定になることを恐れた発電会社は,発電所の新規建設を中止してしまった。その直後からシリコンバレーのITブームが始まり,電力はいくらあっても足りない状況に陥った。売り手市場になったのだ。

 これを見た発電会社は,「売り惜しみ」による価格の吊り上げ策に出た。「発電所が足りない,足りない」と言い逃れをしながら,実情は現存する発電所の25%が稼動していない状態。「発電所の故障」や「メンテナンス」というのが,発電会社が挙げる理由である。しかし発電会社が州の係官の立ち入り検査を拒んでいるので,実態は闇のなかだ。

 カリフォルニア州の電力自由化は実に中途半端なもので,発電会社の卸し売り価格は完全自由化で上限がないのに対し,配電会社の小売価格には上限があった。この結果,配電会社は小売り価格の4倍の値段で発電会社から電気を買うはめに陥った。配電会社の赤字は雪だるま式に膨らんで,今や倒産寸前である。こうなると発電会社は,配電会社に電気を売っても金を徴収できないから,売り惜しみに拍車がかかる。これがカリフォルニア州における電力危機の構図である。

ITブームが電力危機の引き金の一つ

 カリフォルニア州は米国経済の10%以上を支える巨大産業地帯である。米Credit Suisse First Bostonの試算では,現在の電力危機が今後90日間続けば,米GDPが0.5%低下するという。またカリフォルニア州は環太平洋地域の輸出を吸収する巨大市場だから,ここがスランプに陥れば,日本も含めたアジア地域への影響も甚大だ。

 今回の電力危機はまた,電力に大きく依存するITを中心としたニューエコノミの在り方に根本的な疑問を投げかけた。ニューエコノミは,エネルギーに大きく依存するオールド・エコノミと一線を画するものではなかったか?

 ところが実情は,ITブームが電力危機の引き金の一つとなっている。

 California Public Utilities Commission(カリフォルニア電力委員会)の試算によれば,eコマース企業が居を構えるビルでは,通常のオフィス・ビルの10~20倍の電力を消費するという。サーバー・マシンなどを24時間稼動させていることなどが一因となっている。

 しかし逆にインターネットのお陰で,社会活動全体のエネルギー消費量は抑えられるという面もある。

 Energy Information Administrationの調査によれば,ITの普及によって社会のエネルギー依存度は大幅に低下しつつあるという。そこには在宅勤務や電子商取引など,出勤や買い物への移動に伴うエネルギー消費を抑えるうえで,インターネットが大きく貢献しているという。

 カリフォルニア州の電力危機の要因は,実は企業ではなく地域住民の過剰な電力需要にあるとの意見もある。小林 雅一 近影

 Electric Power Research Institute(電力研究所)の調査によれば,「ピーク時の需要を10%抑えれば,エネルギー消費量全体の50%を節約することができる」という。新たに発電所が建設されるまでには相当の時間がかかる。結局,それまでのあいだカリフォルニア州の住民・企業は,賢い電力消費を心がけるしかないようだ。

(小林 雅一=ジャーナリスト,ニューヨーク在住,masakobayashi@netzero.net

■著者紹介:(こばやし まさかず)
1963年,群馬県生まれ。85年東京大学物理学科卒。同大大学院を経て,87年に総合電機メーカーに入社。その後,技術専門誌記者を経て,93年に米国留学。ボストン大学でマスコミの学位を取得後,ニューヨークで記者活動を再開。著書に「スーパー・スターがメディアから消える日----米国で見たIT革命の真実とは」(PHP研究所,2000年)がある。