「インターネットの情報やサービスは,無料で手に入る」という常識が,崩壊する兆しが出てきた。

 例えば米国の無料サービス・プロバイダー(インターネット接続業者)は業績不振のために,次々と廃業に追い込まれている。この6カ月の間に,米WorldSpyや米FreeInternet.comなど無料接続業者がいくつも倒産し,ついに先週は大手の米1stUp.comが業界撤退を発表した。

 ここに来てナゼ,無料業者がバタバタと倒れ出したのか?

 その理由は,ITバブルの崩壊によって投機熱が冷え込んだ結果,こうした企業への投資が絶ち切られたからだ。これまで建前では,無料プロバイダーの主たる収入源は広告だった。しかし実際は,そこからの収入は微々たるもの。主な運営資金は,ベンチャー・キャピタル(VC)が調達してくれたお金や,IPO(株式公開)によって市場から調達した資金だ。結局ユーザーは,こうした資金のお陰で間接的に無料サービスの恩恵にあずかっていた。この資金が底をつけば,無料ビジネスは成立し得ないのである。

 同じ現象は,ニュースなど,いわゆるコンテンツ(情報)を提供する業界でも起きている。これまで「インターネットのコンテンツは基本的に無料」だったが,これを何とか有料化しようという動きが見え始めている。これも,やはり上記と同じ理由である。バブルが弾けた今となっては,VCからの資金援助に大きな期待は寄せられないのだ。

 コンテンツ業者の代表とも言えるインターネットのニュース・サイト(米TheStreet.comや米Slateなど)は,残り少ない運営資金が底をつくまでに,営業利益を上げるためのビジネス・モデルを確立しなければならない。しかし広告費だけでは,どうにも黒字化の見通しが立たない。

 伝統的な大手新聞社が始めたインターネット・ビジネスも同様だ。例えば内容の充実度で定評のある米New York Timesのウエブ・サイトも,2000年1~9月に4620万ドルもの赤字を計上しており,惨憺(さんたん)たる営業成績に終わっている。

 これを補うために同社(New York Times Digital)は今秋に,いわゆるTracking Stock(形式的には親会社New York Timesの株式でありながら,株価は子会社Digitalの業績に従って変動する株式)を発行して,株式市場から資金を調達する予定だった。ところが相場崩壊のせいで,今回のIPOは中止せざるを得なくなった。

 市場から資金を調達できないとなると,あとは自力で収支を改善するしかない。New York Times Digital(ウエブ・ビジネス)の収入の90%近くは未だに,広告収入である。ところがドットコム業界の淘汰(とうた)を経て,インターネットの広告料金値段は急落してしまった(広告主の数が減少すれば,広告料金が下がるのは当然)。

 例えば有力WWWサイトを運営するYahoo!や米America Online(AOL)では,ちょうど1年前のCPM(注)実勢価格は18~20ドルだったが,ここにきて5~10ドルにまで落ち込んでいる(広告代理店の米Mediasmithの調べ)。

コンテンツ(情報)を有料化するしかない

 インターネット広告,特にバナー広告の効果については強い疑問が投げかけられており,これも広告料金の下落に結びついている。

 米NetRatingが2000年6月に実施した調査では,バナー広告のクリック率は0.45%。220人に1人しかバナー広告を見ていない。前年同期のクリック率が0.7%だったから,かなり悪化している。インターネットでは様々な広告が試されているとはいえ,未だに全体の半分はバナー広告だ。

 米Internet Advertising Bureau(IAB)の調査によれば,2000年上半期のインターネット広告収入は41億ドルに達し,前年に比べて2倍のペースで増加している。今年1年間では80億ドルに達する見込みだ(1999年は41億ドルだった)。しかしこの程度の伸びでは,増え続けるサイト運営のコストに追いつかないのが実情だ。様々な工夫をして広告以外の収入源を模索し,その比率も徐々に増加しているとはいえ,劇的な打開策となるまでには至っていない。そもそも,赤字は増加し続けているのだ。

 こうしたことからコンテンツ・サービス業界では,やはり最終的には「情報」を有料化するしかないのでは,という方向に傾いている。例えば伝統的な新聞ビジネスでは,広告とともに新聞購読費(提供情報料)が収入の柱になっている。試行錯誤の末に,インターネットのコンテンツ・ビジネスも出発点に戻りつつあるようだ。

 では情報有料化は可能なのか。

 かつてインターネットのコンテンツ業者は,サービスの有料化を試みて失敗した苦い経験がある。米USA Today,米Slateといったところが,それぞれ月額10ドル,20ドル程度の購読料金を課した。ところが途端に購読者が激減し,結局は無料に戻さざるを得なかった。

 では,なぜインターネットでの情報有料化が難しいのか?

 この問いかけは,逆に「なぜ,今までは情報でお金を取ることができたのか?」という質問に言い換えることができる。例えば,筆者がかつて身を置いたことのある新聞業界について考えてみよう。

 新聞の購読料には,実は「情報」の価値だけではなく,販売・流通網といった「情報の流通手段」のコストも含まれている。しかしインターネットでは,こうした「情報の流通手段」に要するコストは格段に低くなる。原理的には誰でも情報を流通させることができるから,「情報の流通手段」への課金は,経済的に筋が通らない。

 さらに情報(記事)そのものも,企業/組織や政府関連のいわゆる「発表もの」が少なくない。企業などがインターネットに力を入れている今,誰でも「無料」で入手できる性質のものになってきた(もちろん,多くの情報が1カ所に集まっていることや,背景説明が加えられていること,分かりやすく整理されている点などの付加価値は小さくない)。

 Leon Seagal氏というメディア研究者の調査によれば,米国を代表する米New York Timesと米Washington Postでさえ,掲載された記事の約6割は「発表もの」である。

 極論すれば,その大半は「簡単に手に入る情報」を,「誰でも情報を流すことのできる」メディアに掲載したのが,インターネットのニュース・サービスと位置づけることもできる。課金は,経済原理的に容易とはいえない。

プレミアム・サービスで稼ぐ

 インターネットのコンテンツ業者は,かつての失敗を踏まえて,今度は若干違った戦略でサービスの有料化を模索している。

 Salon編集長のDavid Talbot氏は,「普通の記事は今まで通り,無料で提供する。これにプラスする形でプレミアム・サービスを提供し,こちらで稼ぐ」という。これを既に実施しているのが,米TheStreet.comである。このサイトでは普通の経済・金融記事は無料だが,それ以外の投資家向けの専門情報には月額20ドル~40ドルの料金を請求している。

 プレミアム・サービスとしては他に,無線(モバイル)インターネットが期待を集める。たとえばNew York Times Digitalはすでに,音声化した記事をモバイル・インターネット向けに有料で提供している。

 再び始まったインターネットの情報有料化への試みだが,専門性の高い情報への課金はメディアとして本来のあるべき姿に戻ったとも言える。米国で始まった波,日本にも押し寄せるだろか。

(注)CPM(Cost per Thousand):広告業界の専門用語。メディアに広告を載せる際,その広告を見る読者・視聴者1000人あたりにかかる広告料。たとえばCPMが10ドルで,100万人の人がその広告を見た場合,広告主はメディアに10ドル×(100万人/1000人)=1万ドル払わなければならない。CPMのMは,「千」を意味するローマ数字に由来する。

(小林雅一=ジャーナリスト,ニューヨーク在住,masakobayashi@netzero.net

■著者紹介:(こばやし まさかず)1963年,群馬県生まれ。85年東京大学物理学科卒。同大大学院を経て,87年に総合電機メーカーに入社。その後,技術専門誌記者を経て,93年に米国留学。ボストン大学でマスコミの学位を取得後,ニューヨークで記者活動を再開。著書に「スーパー・スターがメディアから消える日----米国で見たIT革命の真実とは」(PHP研究所)がある。