米国のIT経済が変調をきたしているなかで開催されたComdex(米国最大の情報機器見本市)は,新規性に富む技術が多数展示され,意外にも活況を呈した。確かに現在の米国IT業界は,株価の低迷や投資環境の冷え込み,ドットコム企業の倒産とよいところがない。しかし,次代を支える技術は着実に芽吹いているのだ。

 今年のComdexのキーワードは,BluetoothとUbiquitous(Pervasive) Computingだった。この二つが絡み合うことで,ひと昔前のマンガやSF小説に登場していたような社会が間もなく実現しそうだ。

 Bluetoothは,半径10m以内にある情報機器(パソコン,携帯電話,PDA,プリンター,ファクスなど)を,無線を使って連携させる技術である。たとえば,Bluetooth対応のPDAや携帯電話で受信した電子メールやWWWのコンテンツを,同じ部屋にあるパソコンのデータベースに自動的に格納したり,プリンタから出力するといったことが可能になる。技術者のあいだでここ数年,「来るぞ,来るぞ(実現するぞ)」と期待されながら,部品のコスト高などで製品化が遅れていた。

 今回のComdexで最も関心を集めたBluetooth製品は,スウェーデンのAnoto社が開発した「Digital paper」だろう。ちょっと見ると普通の紙だが,これを「Digital pen」と呼ぶペンでなぞると,それが自動的に近くの情報機器に無線で転送される。Digital penの外見は普通のボールペンと変わらない。ちゃんとインクも入っていて,普通の紙にも書くことができる。

 Digital paperには,手帳に書き込んだメモやスケジュールを,PDAやパソコンにも同時に格納するといった応用が考えられる。実際Anoto社は,欧州の大手事務機器メーカーと契約を結んでおり,2001年第3四半期にはDigital Paperをベースにした手帳が製品化される予定だ。

「夢」を「現実」に

 筆者がBluetoothに注目するのは,「あまねく広がる情報環境」いわゆるUbiquitous Computingと密接に関係するからだ。Ubiquitous Computingとは,便利な情報機器があらゆる生活空間に浸透した状況を指している。

 こうした方向を目指した研究はシリコンバレー(たとえば米XeroxのPalo Alto Research Center,いわゆるPARC)を中心に,10年ほど前から活発に進められてきた。ただ,Bluetoothと似て「今かいまか」と期待されながら,普及への展望がなかなか開けなかった。

 Ubiquitous Computingの実現には,身近な情報機器(情報家電)が互いに情報をやりとりして連携する仕組みが欠かせない。しかし,これまでは技術的な機が熟していなかった。Bluetoothをはじめとする短距離無線技術の登場によって,「夢」から「現実」への技術的な道筋が見えてきたのだ。

 Ubiquitous Computing(いつでも,どこでもコンピューティング)は家庭や職場に限られた話ではない。

 たとえば米General Motors(GM)の子会社OnStarは,自動車から交通・地図情報,市況情報などにアクセスするための,「OnStar Virtual Advisor」をComdexに出展した。Virtual Advisorは今年12月からGMのクルマに搭載される。

 航空機メーカーの米Boeingも,旅客機から広帯域インターネット・アクセスを可能にすると発表した。胴体にアンテナをつけて,下り20Mbps,上り1.5Mbpsの高速通信を実現する。搭乗客は高度1万mの上空から,電子メールやオンライン・ショッピングを楽しめる。料金は,「普通の携帯電話サービスと同じ位」(Boeing社)という。来年早々に,サービスを開始する予定だ。

 とにかく今回のComdexは,Ubiquitous Computingの要となる無線技術が会場を席巻した感がある。展示会場の面積の30%は,こうした技術や製品のブースによって占められたという。Ubiquitous Computingのすそ野は広い。主にパソコンを対象にした第1次ITブームに比べ,携帯電話やPDA,情報家電を巻き込んだUbiquitous Computingはアプリケーションの幅がぐんと広がる。

 Comdexで登場した技術が本格的に製品化されるのは2001年から2002年。このときにITブームの第2波が訪れるだろう。

(小林雅一=ジャーナリスト,ニューヨーク在住,masakobayashi@netzero.net

■著者紹介:(こばやし まさかず)1963年,群馬県生まれ。85年東京大学物理学科卒。同大大学院を経て,87年に総合電機メーカーに入社。その後,技術専門誌記者を経て,93年に米国留学。ボストン大学でマスコミの学位を取得後,ニューヨークで記者活動を再開。著書に「スーパー・スターがメディアから消える日----米国で見たIT革命の真実とは」(PHP研究所)がある。