「IT革命」は本当に終わったのか?

 NASDAQ総合指数の低迷,ドットコム企業の相次ぐリストラと倒産,新興企業のIPO(株式公開)延期と,米国のIT産業は一時の勢いをすっかり失ってしまった感がある。

 ドットコム産業の栄枯盛衰を身をもって示したのが,IT業界のかつてのスター企業Priceline.comだ。「逆オークション」と呼ばれる斬新なビジネス手法と,人気テレビ番組「スタートレック」の元主演俳優を起用したテレビCMなどで,一躍有名企業にのし上がった同社も,いまや隆盛時の面影は全く見られない。

 株価は最高値の60ドル台から,11月にはついに3ドル台にまで急降下し,これに怒った株主が集団訴訟を起こした。顧客からも「希望価格で商品が買えない」などの不満が殺到している。こうしたなか,同社は従業員の16%カット,ガソリン・日用品販売からの撤退と,完全に業務縮小モードに入った。

 しかし,Priceline.comは例外的な存在ではない。年明けに始まったネット・バブル崩壊以降,縮小や倒産に至るドットコム企業は後を絶たない。解雇者の数は1月から11月までのあいだに2万2000人余りに達した。幸いなことに求人も多いので,解雇された労働者が職探しに困ることもそれほどないというが,昨年のいまごろと比べると隔世の感がある(「インターネット・バブルはクリスマス直後に弾ける」参照)。

 悪いニュースばかりが目立つ最近のIT業界だが,このまま衰退することはないだろう。業績悪化が目立つのは,オンライン小売業を中心にしたサービス産業。IT産業の基盤を支える通信インフラ業界の業績はおおむね堅調である。米Cisco Systemsは11月の決算報告(2001年会計年度第1四半期の結果)で前年同期比66%増の売り上げを記録し,業界の事前の予想を上回った。米国の通信業界全体の投資額は2000年に1000億ドルを超えると見られており,社会のIT化への流れはもはやせき止めようもない潮流となっている。

滔々とした“Mainstreaming”への流れ

 倒産や業務縮小などネガティブな動きは,浮ついたドットコム・ブームが沈静化したとみるのが正しいだろう。これに代わって,地に足のついたITビジネスが本格化する転換期ととらえられる。業界関係者はこれを“Mainstreaming”と呼んでいる。「ITが社会システムやビジネスの主流に組み込まれて行く」という意味だ。ドットコム企業の倒産は悲しいことだが,長期的な視点から見ると,過熱気味だったブームへの一時的な反動に過ぎないのである。

 Mainstreamingへの兆候は表れ始めている。ベンチャー・キャピタルからの投資が一部優良企業に集中し始めている。これによって,淘汰の過程を生き残ったドットコム企業が営業利益を上げる日が近づきつつある。

 たとえば米Amazon.comは今年第3四半期の決算で,部分的だが黒字を計上した。同社が起業時から手がけてきた書籍・CDビジネスで,ついに2500万ドルの営業利益を上げたのだ。Amazon.comは決算報告の席上で,「われわれは書籍・CD部門に限り,これまでの売り上げ拡大路線から利益の創出へとビジネスの軸足を移した」と語った。同部門の黒字は結局,同社が最近始めた自動車や家電部門などからの赤字で吹き飛んだが,やる気になれば利益を上げられることは証明できた。

 ITのMainstream化は,ドットコム企業に代わって,伝統的な大型企業がITの表舞台に登場しつつあることからも裏付けられる。ブリック・アンド・モルタル業者によるドットコム企業の相次ぐ買収,自動車業界のビッグ3が結成したインターネット取引所「Covisint」,米America Online(AOL)との合併によってITビジネスに本格参入する米Time Warnerなど,伝統的な巨大資本の動きが活発化している。

 その一方で,昨年までインターネット業界を牽引してきたスタートアップ企業の活動は鈍ってきた。主役の座が入れ替わろうとしているのだ。今後,小回りのきくドットコム企業の奇抜なビジネスは影をひそめるかもしれないが,大型企業の参入によって投入される資金はけた違いに大きくなるだろう。

 IT産業は紛れもなく,転換期に差し掛かっている。

(小林雅一=ジャーナリスト,ニューヨーク在住,masakobayashi@netzero.net

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■著者紹介:(こばやし まさかず)1963年,群馬県に生まれ。85年東京大学物理学科卒。同大大学院を経て,87年に総合電機メーカーに入社。その後,技術専門誌記者を経て,93年に米国留学。ボストン大学でマスコミの学位を取得後,ニューヨークで記者活動を再開。著書に「スーパー・スターがメディアから消える日----米国で見たIT革命の真実とは」(PHP研究所,2000年11月18日発行)。