技術的には,「ちょっと進化したVTR」に過ぎないのかもしれない。しかしこの新製品が,現在のテレビ放送業界のビジネス・モデルを根こそぎ破壊する,と予言する業界アナリストもいる。話題の主は,DVR(Digital Video Recorder)と総称される製品だ。

 実際の製品としては,「TiVo」や「ReplayTV」という名称で呼ばれる。開発・販売しているのは,それぞれ製品名と同じ社名のベンチャー企業である。製造は,ReplayTV社がPanasonic(松下電器産業)に,TiVo社がソニーとPhilips Electronics社に委託している。

 二つの商品は,若干仕様が異なるが,基本的な用途や仕組みは同じである。主な目的は,テレビ視聴者が「見たい番組を好きな時間に見られるようにすること」。「それくらいなら,普通のVTRでもできる」という反論が聞こえそうだが,DVRは視聴者のわがままな要求を「徹底的にかなえてくれる」のである。ここが既存のVTRとの大きな違いだ。

 DVRの基本仕様や使い方を簡単に紹介しておこう。

 DVRの外観は普通のVTRと大差ない。しかしビデオ・テープの代わりに,ハード・ディスク(HD)に番組を録画する。DVRを購入したユーザーはまずテレビ受像機に接続し,さらにモデムを介して電話回線につなぐ。こうしておくと,夜間(午前3時ころ)にサービス会社からEPG(電子番組表)が,電話回線を経由してDVRに届けられる(サービス会社とは,TiVo社あるいはReplayTV社である。すなわち両社とも,製品とそれに伴うサービスの両方を提供している)。

 さて視聴者はテレビ画面に出力されるEPGを見ながら,たとえば1週間分の見たい番組を録画予約する。普通のVTRとは違い,1回のリモコン操作で簡単に予約ができる。この基本機能に加えて,ほとんど至れり尽せりといった感のある多様なユーザー・サポート機能が備わっている。

 一例を示すと,好きなタレントの名前をインプットしておくと,この名前をキーワードにして番組を検索し,彼ら彼女らが出演している全ての番組を録画してくれる。あるいは視聴者が番組の放送時間を知らなくても,番組名さえ指定しておけば,機械が自動的に探して録画する。さらに番組の放送時間が突如変更になっても,DVRはそれに対応できる。見落としを未然に防げるわけだ。ハード・ディスクを使ったデジタル録画方式なので,番組を録画しながら若干時間を後ろにズラして見ることも可能である。

 さて気になるのは価格だが,実はかなり高い。TiVoの標準小売価格が399ドル(録画時間14時間)で,これに年間のサービス料199ドルが必要である。録画時間が延びると,価格はさらに高くなる。ReplayTVの価格は最低599ドルから。ただしサービスには課金しない(無料サービス)。

 両方の製品とも,試験販売を経て本格的に発売されたのは1999年後半。それ以来,2000年第3四半期までにTiVoは約7万3000台が売れた。ReplayTVは販売台数を公表していないが,TiVoとほぼ同数が売れていると見られている。

 冒頭にDVRが放送業界で物議をかもしていると書いた。では,何が問題になっているかというと,CMを飛ばして再生する「CMスキップ機能」だ。ReplayTVには,その名もずばり「CMスキップ」と呼ぶ機能が装備されている。一方のTiVoにも超高速再生機能がある。これを使うとCMの部分だけを,目にも止まらぬ速さですっ飛ばしてくれる。実質的にはCMスキップ機能と同じである。

 出荷後の使用調査によれば,ユーザーの88%がCMをスキップして番組を見ているという。これはテレビ放送局にとって由々しき事態だろう。有料のCATV放送が普及している米国とはいえ,テレビ局の主な収入源はいまだにCMである。ところが視聴者がCMを見なくなったら,広告主が逃げてしまう。

 複数の調査機関は,2002年末までに約9000万世帯がDVRを導入すると予測している。米国の全世帯数が1億200万だから,実に90%に達する。この数字を額面通り受け取るのは難しいが,それでも相当台数が普及するだろう。膨大な数の視聴者が本当にCMを見なくなったら,一体どういうことになるのか?

 米Forrester Researchの放送ビジネス・アナリストであるJosh Bernoff氏は,「(DVRの出現によって)ネットワーク・テレビ放送は消滅する」とさえ予想する。放送局の幹部たちも,戦々恐々としている。ABC放送会長のRobert Iger氏は,「Replay TVとTiVoが,われわれのビジネスに重大な影響を及ぼすことは間違いない」と認める。

 しかし奇妙なことに米国の放送業界は,潜在的脅威ともいえるDVRの開発を支援しているのだ。ReplayTV社は,Time WarnerとDisney,NBCから,総額5700万ドルの出資を受けている。TiVo社には,NBCとCBSが名を連ねる。投資額は総額4500万ドルである。

 放送業界はなぜ,わざわざ「敵に塩を送る」ようなことをしたのだろう?

 それには二つの理由がある。まずテレビ局は,インターネットに出遅れた苦い経験がある。「たとえ自分たちにとって好ましくない変化でも,直視しなければならない。いずれ大きな影響を被る」という教訓を得た。これから「新しい技術には,早目に唾をつけておいた方が賢明だ」と考えた彼らは,DVRに投資したのである。

 もう一つの理由として,DVRが新たなビジネス・チャンスを秘めていることが挙げられる。DVRのハード・ディスクには,ユーザーの番組視聴傾向を始めとした,様々な個人データが記録される。これをフィードバックして,個々の視聴者に特化した情報やCMを流すことによって,これまでと全く違うビジネス・モデルを開拓できるかもしれない。テレビ局の幹部たちは,こうした期待を抱いている。

 DVRは放送業界にとって,両刃の剣なのだ。

(小林雅一=ジャーナリスト,ニューヨーク在住,masakobayashi@netzero.net