米Microsoft独禁法裁判の一審は米国時間4月3日,大方の予想通り,同社の敗訴で終わった。米国では,「次」に向けて早くも動き出した。判事,Microsoft社,司法省の駆け引きが始まったのだ。

 まず一審判決を下したThomas Penfield Jackson判事は,控訴審を一気に最高裁に持って行くFast Track案を検討している。通常のプロセスであるFederal Circuit Appeal Court(連邦巡回控訴裁判所)での審理を飛ばしてしまうのだ。これは,なるべく早い時期に最終結果を得るためだが,判事にとっては別の思惑(懸念)もある。

 すなわち連邦巡回控訴裁判所は歴史的に,企業寄りの保守的な判決を下すことで知られている。実際Jackson判事は,Microsoft社に対し「取りあえず,WindowsからInternet Explorerを取り外して販売せよ」という事前差止め措置を命じたが,控訴裁は「両者を一体化することに違法性なし」として命令を覆している。Jackson判事としては,あのときのように顔をつぶされたくない。そこで旗色の悪い控訴裁を何とか回避できないか,と画策しているのだ。

 逆に言えば,Microsoft社が和解案を蹴って,あえてコストのかさむ控訴に踏み切るのも,控訴裁の判事(3人の判事が多数決で判決を下す)が自分たちに好意的と踏んでいるからだ。もしJackson判事の作戦が功を奏して,一気に最高裁に行くことになれば,Microsoft社の思惑は外れ,同社はとんでもないピンチに陥る。

 Microsoft社にとってFast Trackで早期決着することは別のデメリットもある。すなわち裁判が長引けば長引くほど,IT業界の環境変化が,同社にとって有利に働くからだ。

 ポスト・パソコンと呼ばれる時代に入り,パソコンに代わる様々な情報機器が主力製品になろうとしている。この結果,仮に裁判が長期化すれば,最終判決が下るころには,Microsoft社の市場独占力は現在に比べて格段に落ちているはずだ。それは同社の望むところではないにせよ,こと裁判に限っては有利に働くことは間違いない。だからMicrosoft社は今後,あらゆる手を使ってFast Trackの阻止を試みるはずだ。

 しかしMicrosoft社の当面の懸案事項は,司法省と19州との上級審ではなく,それ以外の多数の民事訴訟だろう。消費者の集団訴訟が115件も待ちうけているほか,米IBM,米Intel,米Netscape Communications(現America Online),米Sun Microsystemsといったライバル企業も訴訟を検討している。

 仮にMicrosoft社が司法省側と和解していれば,こうした裁判のほとんどは回避できた。和解の場合,Jackson判事は一審の判決に至る審理の経過,原告・被告から提出された証拠など,様々な重要情報を公開しないからだ。しかし判決が下されたことで,これらの重要情報はすべて民事訴訟に使えるようになった。集団訴訟の弁護士やライバル企業は勝機が出てきたので,一気に裁判に向かうはずだ。

 一説によれば,民事訴訟全体の損害賠償請求額は70億ドルと言われる。さて最後に一審原告の司法省だが,これは意外なことに現在,Structural Remedy(Microsoft社の分割案)の代わりに,Conduct Remedy(企業の商習慣の改善を促す,より緩やかな勧告)に傾いているという。

 というのは司法省は,Jackson判事のFast Track案が実現するという確証を得ていない。仮に通常のプロセスに従って,巡回控訴裁に行けば,そこではMicrosoft社寄りの判事が待ちうけている。彼らに対し,分割案のような過激な処方箋を提示すれば,逆に一審判決を覆されてしまうと司法省はみる。そこでConduct Remedyの範囲で,できるだけ厳しい勧告を下せないかと検討しているのだ。

 ところが原告19州のなかには,「分割案以外は,呑むことができない」という強硬派も多い。司法省は彼らの説得にあたっている最中と言われる。