シドニー・オリンピックは,これからいよいよ佳境に入るが,米国での関心の高まりは今一つだ。テレビ視聴率はこれまでのところ平均14%と,五輪放送史上,最低を記録している。背景には,昨今のIOC(国際オリンピック委員会)スキャンダルで,米国民にすっかり愛想をつかされてしまったこと,米国の国技とも言えるフットボール(NFL)のシーズンとかち合ってしまったことなどが挙げられる。

 五輪の独占放送権を買い取ったNBCの報道体制にも,批判が浴びせられている。まず時差の関係で,米国民は生中継が見られない。しかも放送局は,視聴率が稼げる夜のプライム・タイムに合わせようとするから,さらに時間が後ろにズレる。結局,実際の競技時間より丸一日遅れて放送される。この間にたいていの人は,新聞やインターネットで競技の結果を知っている。これではテレビを見ても白けてしまう。

 特定の競技しか放送されないことも,評判が悪い。テレビで見られるのは,米国が強い水泳,(今年は駄目だったが)体操,陸上など,いくつかのメジャーな競技に限られる。水球,射撃,テコンドーといったマイナーな競技は,ほとんど映さない。柔道さえ放送されなかったので,私は日本人の金メダル獲得を見ることができなかった。

 こうした,普段は目立たない競技を見るための手段として,事前に注目を集めたのがインターネットだった。コストのかからないストリーミング技術の導入によって,マイナーな競技もネット放送されるのでは,と期待されたのだ。

 ところがIOCの商業主義によって,この期待は打ち砕かれた。IOCはオリンピック開催に先立ち,「ドットコム・メディアは,インターネットでビデオやオーディオを放送してはいけない」という決定を下した(ネットに流して構わないのは,競技結果などデータだけ)。ドットコム・メディアのジャーナリストには,記者証さえ発行されなかったので,競技会場からも締め出されてしまった(NBCのようなテレビ局や,米IBMのようなスポンサーがインターネット放送するのは構わない)。

 こうした決定は,テレビ局との摩擦を回避するためのものだ。1984年のロサンゼルス・オリンピック以来,五輪はすっかり商業化してしまい,今では企業中心のビジネスとなってしまった。今回のシドニー・オリンピックでは総額50億ドルの収入が見込まれているが,最大の収入源がテレビ放送権の売り上げである。IOCの懐には,世界中のテレビ局から13億ドル以上の放送権料が転がり込む。

 これだけのお金を気前良く払ってくれるお得意様を,粗末に扱うわけにはいかない。もしドットコム・メディアに競技放送を許してしまえば,テレビ放送を見るはずの視聴者を,インターネットに向かわせてしまう。テレビ局幹部の顔を立てるには,これは絶対に許可するわけにはいかないのだ。

 そうでなくとも,IOCは伝統的にニューメディアの導入には保守的な姿勢を貫いてきた。テレビは第二次世界大戦直後のニューメディアだったが,これに対してもIOCはシブシブ参入を許した形だった。オリンピックが初めてテレビ放送されたのは,1948年である。当時,BBC(British Broadcasting Corp.)放送がIOCに払った放映権料はわずか3000ドル。当時と今の物価の違いを換算しても,やはり信じられない安さである。

 IOCはこれで金儲けする意図は全くなかったようだ。むしろ将来の収入源の一つとして,「放送権」というビジネス・モデルを試してみたに過ぎなかった。実に微笑ましいことに,IOCはBBCから送られた小切手を換金しなかった。当時,BBCが財政難にあえいでいることを知ったIOCは,「気の毒だ」と同情し,結局金を受け取らなかった。現在のIOCと比較すると,文字通り隔世の感がある。

 さてシドニー・オリンピック終了後,IOCは今年12月の総会で,インターネットの今後の扱いを検討する予定だ。いずれ正式なメディアとして認可せざるを得ないことは明白だが,それは早くても2012年以降になりそうだ。それまでは現在のテレビ放送権契約が切れないのである。何とも気の長い話だが,それまでには広帯域ネットワークも整備され,ストリーミング放送への準備も万端だろう。

(小林雅一=ジャーナリスト,ニューヨーク在住,masakobayashi@netzero.net