『米eBayに25セントで競売にかけられた風景画が13万ドルで落札』。派手な見出しが米国の新聞を賑わせた。5月上旬のことだ。

 当初は単なる珍事として関心を集めた。ところが,意外な方向に話は進んだ。計画的な集団詐欺という疑いが生じたのだ。特定の仲間が,お互いに出した商品を競り合って,値を釣り上げていたようだ。しかも以前から,こうした行為を繰り返していたという。有名オークション・サイトが詐欺集団に操られていたことになり,関係者を慌てさせた。

 まずは事件を時系列に追ってみよう。

 問題となった風景画がeBayに出されたのが4月28日のこと。サイトに提示された説明書きによれば,「(売り出し主が)数年前にガレージ・セールで買った風景画で,R.D.'52 という画家の署名がある」という。オンライン・オークションでは,競売品の品定めをするために,様々のチャットが交わされる。この過程で,「カリフォルニアの著名画家Richard Diebenkornの作品ではないか」という憶測が流れた。

 Diebenkornの作品はかつてSotheby'sで,390万ドルで競り落とされたことがある。本物なら100万ドル以上の価値があるだろう。それが25セントで売り出されている!

 話題騒然となって,最終日の5月8日までに17人が競売に参加し,94回に渡って入札を繰り返した。最後に競り落としたのはオランダ人の美術品収集家で,落札価格は13万5000ドルに達した。

 ここからボロが出始める。落札した収集家が,売り出し主のKenneth Waltonと電話で話したところ,絵の説明書きにいくつかの嘘が発覚した。また収集家が「実際に絵を見て本物かどうか確かめたい」と申し出たところ,Waltonは頑なにそれを拒んだ。不審に思った収集家はeBayに通報し,ここから同社の調査が始まった。

 その結果,Waltonが複数の偽名を使って,自分の出した絵の競りに自ら参加していたことが判明した。要所要所で介入し,値を釣り上げようとした形跡がある。eBayが問い質したところ,Waltonは「友達が買いたいというので,彼らの代わりに自分が入札しただけ」と言い逃れをした。eBayは同氏を30日間の参加禁止処分とした。

 しかし事態はもっと深刻だった。eBayが「shill hunter」と呼ぶ特殊な詐欺発見ツールで過去の入札記録を追ったところ,Waltonを中心とする5,6人の会員が,以前から互いの競りに参加し合っていることが判明した。これはオークション業界では,「ring-bidding」と呼ばれる古典的な詐欺の手法だ。ただし彼らを起訴できるほどの証拠はない。「偶然重なっただけ」と言われれば,それまでである。

 過去の記録を徹底的に調べて,あまりにも不自然な行為が見つかれば話は別だが,eBayは入札記録を30日で消去してしまう。eBayの登録者数は1260万人に達し,毎日450万点もの品が競りにかけられている。長期間にわたる記録の保存は事実上不可能である。

 米連邦取引委員会(FTC:Federal Trade Commission)の調査によれば,インターネット・オークションに対する苦情件数は昨年1万700件に達した。これは消費者の苦情件数全体の15%を占めるという。苦情の大半は,「お金を払ったのに競売品が送られてこない」「説明書きと違う品だった」「壊れ物を押しつけられた」などで,贋作など詐欺のケースは少ない。

 eBayの発表では,詐欺の起きる比率は0.1%という。しかし,こういう形で世間の注目を浴びなければ,今回も調査は実施されなかった。逆に言えば,「同じようなことが頻繁に起きているのではないか」「詐欺の確率はもっと高いのではないか」という懸念が生じている。

(小林雅一=ジャーナリスト,ニューヨーク在住,masakobayashi@netzero.net