米国ワシントン連邦地裁のThomas Penfield Jackson判事が米国時間6月7日に,分割を含む是正命令を米Microsoftに出し,2年にわたった独禁法裁判の第1ラウンドは司法省側の完全勝利に終わった。

 地裁が下した是正命令の骨子は以下の通りである。

1: Microsoft社は基本ソフト(OS)を開発する会社と,応用ソフト開発を中心とするOSビジネス以外の会社に分割する。
2: Microsoft社は4カ月以内に,分割案を裁判所に提出する。
3: 分割してから10年以内は,分社した会社同士が合併してはならない。
4: Microsoft社は基本ソフトのApplication Programming Interface(API)を,パソコンやソフト開発会社に公平に開示する。

 以上の結果は事前に,ほぼ予想されていた。Microsoft社は控訴する構えを見せている(当然,控訴するだろう)。最終判決が下るまでMicrosoft社の分割は行われないが,2番目と4番目の是正命令は実行されねばならない(Microsoft社は4番目の命令に対しても,処分差し止めを請求している)。

 業界の関心は,とうの昔に控訴審の行方に移っている。もっとも控訴審が開かれるかどうかは現時点では不明。司法省側は早期決着を目指し,連邦控訴審を飛ばして一気に最高裁に持っていく「Fast Track」の実現を目論んでいるからだ。

 控訴審はかつて,WindowsとInternet Explorererの抱き合わせ販売を禁じたJackson判事の事前差し止め請求を覆したことがある。Microsoft分割をねらう司法省側にとって,控訴裁判所は戦う土俵としてできれば避けたいところ。また裁判が長期化すればするほど,裁判を取り巻く環境がMicrosoft有利に変化しかねない。すなわち同社独占の構図が崩れ,裁判自体の意味に疑問が出てくるからだ。

 基本ソフトのシェアが,その一例である。Windowsはかつて,パソコンに搭載されている基本ソフト全体の90%以上を占めていた。最近は低下傾向にあるが,それでも85%である。ところが最新のデータを見ると様相がかなり変わってきた。4月のデータでは,本数レベルのシェアで71%にまで低下しているのだ(Linuxが24%,MacOSが5%弱)。同時に,IT(情報技術)業界がポスト・パソコン時代に軸足を移し,パソコン向け基本ソフトの重要性が薄れつつあることもMicrosoft社の独占力を弱めている。

 Microsoft社が非常に複雑な立場に立たされているのは事実。そこをまたMicrosoft社はうまく利用している。裁判では以上の弱点を強調する。一方で日々のビジネスでは,それを克服すべく,さまざま業種のスタートアップ企業を買収して新領域への進出を図っている。Jackson判事は結局,ポスト・パソコンという新たな時代に入っても,Microsoft社が全方位的な独占を図る意思を持ち,またそれを実現する力があるとして,同社の解体を命じた。

 さて今後の見通しだが,先も述べたようにFast Trackに関しては微妙な状況である。最高裁は少なくとも「裁判を早期決着させる」という理由だけで,Fast Trackを受け入れることはないと言われる。控訴審を実施する通常の手順を経れば,最高裁の最終判決までに2年以上はかかる。Fast Trackになれば,最短で年内にも最終判決が下る可能性がある。

 控訴審の主な争点は,「Microsoft社の独占によるOS支配が,消費者に被害を与えたか」「同じく同社の独占が,ライバル企業のビジネスを阻害したり,スタートアップ企業の芽を摘んだか」の2点となる。一審では前者よりも後者が重視された。Microsoft社内で交わされた電子メールの記録などによって,ライバル企業のビジネスを阻害する体質が明らかになり,同社は敗訴したのだ。

 一方でMicrosoft社の独占が消費者に被害を与えたかという点に関しては,確たる証拠は得られなかった。最近の世論調査でも,消費者はWindowsの価格を不当に高いとは考えていない。多くの場合,基本ソフトはパソコンに組み込まれて出荷される。そしてパソコンは近年,とてつもなく安い。Microsoft社の独占による被害というのが,消費者には今一つピンとこない。

 業界関係者や法律専門家は,Fast Trackによる早期決着が実現すれば,現在の勢いをかって司法省側が最終的に勝利し,Microsoft社が本当に解体されると予想する。一方長期化すれば,裁判の争点が陳腐化し,分割が回避されるという可能性もあるとみる。

 かつて,司法省が米IBMの分割を求めて起こした裁判は後者の道をたどった。審理が10年以上も長引くあいだに,IBM社のコンピュータ市場におけるシェアが急激に低下し,1982年に司法省は提訴を取り下げざるを得なかった。この裁判は「司法省のベトナム戦争」と呼ばれ,今でも語り草になっている。

 Microsoft社との裁判で同じ轍を踏まないために,司法省は是が非でも早期決着を図りたいところだ。

(小林雅一=ジャーナリスト,ニューヨーク在住,masakobayashi@netzero.net)