電子署名法案(Electronic-Signature Bill)が6月中旬に,米国の下院と上院で圧倒的多数の賛成のもとに可決された。大統領は署名すると発表しているので,法制化は間違いない。これによって10月から電子署名の利用が可能となり,電子商取引(Eコマース)の普及に拍車がかかると見られている。

 これまで銀行や保険会社などの金融機関が消費者とのあいだで行う商取引は,途中までオンラインでできても,最終的には紙の書類に署名をしない限り,契約が成立しなかった。書面の郵送に伴う煩わしさや余分な人件費が,オンライン取引普及の足かせになってきた。電子署名が利用できるようになったことで,こうした問題が一気に解決する。

 電子署名法案は,米Charle Schwabなどオンライン・ビジネスを手掛ける金融機関の強力なロビー活動を背景に,99年から議会での審議が始まった。当初はすんなりと立法化される見通しだったが,消費者団体の抗議にあって,法制化が今年までズレ込んだ。

 懸念されたのは,消費者のなかにはコンピュータやインターネットの知識に乏しい人がまだ数多く存在する,ということだった。彼らに電子署名を強要することは,契約に伴う間違いを引き起こす恐れがある。さらに知識に乏しい消費者を金融機関がいいようにあしらって,企業側に有利な契約に持ち込む,というのが消費者団体の主張だった。

 今回,可決された法案では,こうした懸念に配慮している。消費者に対し,電子署名を使うか,従来のような書類上の署名を選ぶかの選択肢を与えた。さらに法的に重要度の高いいくつかの取引では,電子署名ではなく書面上の署名を義務付けた。たとえば保険の解約,商品のリコール,抵当流れ処分,遺言などでは,従来通り紙面の文書で処理しなければならない。

 電子署名として具体的にどのような技術を使うかは,法律では定めていない。採用する技術は,契約にかかわる当事者間の合意に基づいて決められる。現在の候補としては,暗号,電子指紋のほか,特殊なディスプレイに手書きの署名をして,これをパソコンに読み込ませるなどの方策が検討されている。いずれにしても,悪質ハッカー(いわゆるクラッカー)の格好の攻撃対象となるため,セキュリティ技術の一層の向上が求められている。

 こうした危険要素などいくつかの問題が指摘されてはいるものの,電子署名の有効化はEコマースの発展の法的礎を築いたという意味で,米国で幅広く評価されている。世界に先駆けての実現だけに,また一つ,他国との差が開いた感もある。

(小林雅一=ジャーナリスト,ニューヨーク在住,masakobayashi@netzero.net