インターネットを使って,自分の所有するCDの音楽をどこでも聞きたい。でも,これは著作権法違反になるのだろうか? 米国の裁判所が下した答えは,「聞き方による」というものだった。

 米国の主要レコード会社と,インターネット・ベンチャーの米MP3.comとのあいだで争われていた裁判の一審は9月6日に,被告MP3.comの完全敗北という形で終わった。マンハッタンの連邦裁判所判事はMP3.comに対し,原告として最後まで残った米Universal Music Groupが「著作権を侵害された」とするCD1枚ごとに,2万5000ドルの損害賠償を支払うよう命じた。Universal社は約1万枚のCDが被害に遭ったと主張している。MP3.comは最悪の場合,2億5000万ドルもの損害賠償をUniversal社に払わねばならない。MP3.comは上級裁に控訴すると発表した。

 ちなみにMP3.comは,当初原告として名を連ねたSony Music Entertainment,Time Warner,EMI Recorded Music,Bertelsmannとは既に和解合意に達している(和解金額は正式発表されていないが,MP3.comは各社にそれぞれ約2000万ドルを支払ったと言われる)。

 今回の事件の経緯を簡単に紹介しておこう。MP3.comはもともと,無名ミュージシャンに作品発表のチャンスを与えるという建前のもとにビジネスを興した。主要レコード会社と契約を結べないアーティストでも,自分たちの演奏した楽曲をMP3ファイルにして,MP3.comのサイトに発表できるのだ。このサービスに加え,MP3.comはMy.MP3.comという新たなサービスを始めた。これがレコード業界関係者の逆鱗に触れた。

 My.MP3.comは,ユーザーが自分の持っている音楽CDを,インターネットを使うことで別の場所でも聞けるようにするサービス。すなわちCDを持ち歩かなくても,そこにインターネットに接続されたパソコンさえあれば,同じ音楽が聞ける。あるいはモバイル・ネット端末が普及すれば,自動車内の端末や携帯電話からも自分の所有するCDが聞けるようになる。

 My.MP3.comは以下のようなメカニズムで動いている。ユーザーはまず自分の所有するCDをインターネット経由で「登録」する。パソコンのCD-ROMドライブに音楽CDを挿入するだけなので簡単に済む。あとはMP3.comのシステムが,オンラインでこれを自動認識してくれる。

 自分の音楽CDに対する「所有権」が証明されると,(ここからが注意を要するところなので,よく聞いて欲しい)このユーザーはMP3.comの持つ音楽データベースから,「自分の登録したCDと同じ音楽」を聞くことができる。レコード会社はこれを指して「著作権法違反」と訴えているのだ。

 何がいけないというのか?

 米国の著作権法では(日本でもそうだが),CDを買った人がそれをテープに録音して「別の場所で」で聞くことは,フェア・ユースとして合法行為となっている。これはそのまま,インターネットにまで拡張できる。すなわち自分の買ったCDを,どこかのWWWサイトにアップロードしておいて,それをネット経由で別の場所から聞くことは全く問題ない。実際に米Myplayというベンチャー企業は,この通りのサービスをユーザーに提供している。こっちの方は問題とはなっていない。

 レコード業界の目から見ると,My.MP3.comとMyplayの違いは,「微妙にして大きい」のだ。すなわちMyplayでは,ユーザーは「実際に物理的に」自分の所有するCDを,ネット経由で同社のサイトに記録しておき,それを後から聞く。ところがMy.MP3.comでは,「CDの音楽をアップロードするのは時間がかかるし,ユーザーにとって面倒臭いから,そんなことをする必要はありませんよ。代わりに私たちの持つデータベースから同じ音楽を聞かせてあげます」と言っているのだ。

 「結果的には同じではないか」というのが,MP3.comの主張である。インターネットに慣れ親しんだ世代には常識的に聞こえるこの主張も,連邦裁判所の判事には通じなかった。私からみても,今回の判決は時代錯誤的に思える。

 いずれにしても今後,この点については上級裁で再度争われる。これに加えて,被告MP3.comにはもう一つの「隠し玉」がある。「知的財産権は誰に帰属するのか」という基本命題である。たとえば音楽はそれを作ったアーティスト(=ソング・ライターやミュージシャン)の物なのか,それともレコード会社の物なのか。米国では1970年代からずっと議論が続いており,法律も数回変更されている「重い」問題だ。

 それがここにきて,アーティスト側に有利な方向に傾いている。恐らくこの数週間のうちに,「音楽の著作権はアーティストに帰属する」という法律が連邦議会で可決される見込みだ。これはレコード業界にとって,MP3.comと戦ううえで致命的な打撃になり兼ねない。というのは,「CD音楽の著作権が自分たちに帰属している」と主張できるからこそ,Universal社のようなレコード会社はMP3.comに対し,損害賠償を要求できるわけだ。それが「音楽はミュージシャンの物」となれば,裁判自体が無意味になってしまう。

 レコード業界はこうした事態を見越して,「ミュージシャンは我々に雇用される形でCDを作ったのだから,CDの著作権は我々に帰属する」と予防線を張っている。しかしアーティストたちは,「雇用ではなくレコード会社との契約に過ぎない」と反発している。

 一波乱もふた波乱もありそうな雲行きである。とにかく,MP3.com 裁判をめぐる事態がますます複雑化していることだけは確かなようだ。

(小林雅一=ジャーナリスト,ニューヨーク在住,masakobayashi@netzero.net