先週のコラムでお伝えした,インターネットの株価操作の容疑者が,FBI(連邦捜査局)に逮捕された。捕まったのは,ロサンゼルス郊外に住む23歳の大学生Mark Jakobという男だ。

 Jakobは8月24日に,米国のメーカーEmulexが発表したと見せかけた“偽プレス・リリース”を電子メールで,Internet Wireという広報通信会社に送りつけた。偽リリースには,「Emulex社の業績が大幅に悪化し,同社のCEOが責任をとって辞任する」と書かれていたが,全て嘘だった。

 Internet Wireは情報の真偽をチェックせずに,リリースをWWWに掲載すると同時に,通信社やテレビ局にもリリースを送りつけた。これを受け取った米Bloombergや米Dow Jonesといったメディアが,またもノー・チェックでリリースを鵜呑みにした記事を流した。この情報を信じたEmulex社の株主がいっせいに売りに走った。その結果,Emulex社の株価は一時,前日終値から60%以上も下落し,株主達は大きな損失を被った。

 事件発生から逮捕まで1週間足らずというスピード解決となったが,FBIでは「われわれの電子メール追跡技術の素晴らしさを証明できた」と胸を張っている。事件発生当初からFBIは内部犯行の可能性が高いとにらんでいた。

 というのは,外部から電子メールでInternet Wire社のサイトにリリースを掲載するためには,内部の人間しか知らないパスワードを使う必要があるからだ。FBIの捜査線上にJakobが浮かび上がったのは,彼が1年以上勤めたInternet Wire社を数カ月前に退社していること,またEmulex株の大量の「Short Position(空売り)」を抱えていたこと,などの理由による。

 またFBIが偽リリースを載せた電子メールを追跡したところ,発信元はカリフォルニア州のEl Camino Community Collegeの図書館にあるパソコンだと判明した。ここはJakobが通学している大学である。さらに事件前後のJakobの取引記録を追うと,Emulex株の再上昇に乗じ,Short Positionを整理して,24万ドルの利益を上げたことが分かった。これで容疑が固まった。

 この1年半の間に,こうしたネットを使った不正株価操作事件は3件起きているが,いずれもFBIによって犯人が逮捕されている。FBIが自慢するのはもっともだが,逆の見方をすれば,こうした犯罪は簡単に実行できるが,足がつくのも早い,と言えるかもしれない。

 取り合えず容疑者は捕まった。しかし収まらないのは,被害にあった株主である。有罪が確定すればJakobには最高15年の懲役と50万ドルの罰金が課せられるが,株主の被害額は50万ドルでは,とてもすまないからである。なにしろ一時は株式時価総額で25億ドルが失われたのだ。多くの株主は,株価が再上昇に転じても,買い戻すタイミングを失して大損をしている。彼らの被害額を足すと,全部で5000万ドルに達すると見られている。彼らが訴えるとすれば,誤報を流したメディア(報道機関)である。

 そして大方の予想通り,9月1日にフロリダ州の被害者が1万5000ドルの損害賠償を求め,Internet Wire社とBloomberg社を訴えた。原告の弁護士は他の被害者にも訴訟に加わるように呼びかけており,Class Action Law Suit(集団訴訟)に発展しそうだ。既に何人かの被害者が,これに加わる意思を表明しているという。

 訴えられる恐れがあるのは,この2社だけではない。Bloomberg社に続いて誤報を流した,Dow Jones News Service社,CBS Marketwatch.com社,CNBC社,TheStreet.com社などのメディアも被告となる可能性がある。さらにNasdaqや被害者とも言えるEmulex社ですら,「事態に迅速に対応できず被害を拡大した」という理由で,告訴される恐れがあるという。訴訟社会の米国は本当に恐ろしい。

 なお事件の流れは以上の通りだが,今回の誤報については法的な賠償責任はないようだ。メディア業界に詳しい弁護士によれば,「過失的に生じた誤報による被害に対して,メディアには損害賠償をする法的責任はない」という(意図的に嘘の情報を流したら,これは当然有罪である)。

(小林雅一=ジャーナリスト,ニューヨーク在住,masakobayashi@netzero.net