スパムがまたニュースに取り上げられている。今度は「VoIPスパム(voice-over-IP Spam)」である。「spit(spam over Internet telephony)」*といったうまい名前が付けられている。spitのせいでVoIPが使い物にならなくなるかもしれない。1日に数十回以上もスパム電話がかかってくるようなシステムは,誰も導入しようと思わないだろう。少なくとも,あらかじめ知人を登録したホワイト・リストを作っておき,そこに掲載されている人からの電話だけに出るようになるだろう。

*訳注:spitには「パラパラ降る」という意味もある。

 VoIPスパムは,電子メール・スパム,ネットニュース・スパム,インスタント・メッセージ・スパム,携帯電話機のテキスト・メッセージ・スパム,ブログ・コメント・スパムと同種のものだ。さらに一般化すれば,コンピュータ・ネットワークを使って配信されるスパムは,コンピュータによるテレマーケティング(電話スパム),無差別なダイレクト・メール(紙によるスパム),屋外広告(視覚空間のスパム),宣伝カー(音声スパム)の仲間でもある。見たくもない宣伝文句を送りつけるという点で,これらは基本的に同じものである。スパムの解決策を検討するには,問題をここまで一般化して理解する必要がある。

 通常,広告の最終目的は人々に影響を与えることだ。購買行動に影響を与えようとするものが多いが,特定の立候補者や政策を支持するよう誘導することにも簡単に応用できる。広告は,受け手の脳に宣伝文句を刻み込むことで目的を達成しようとする。「どのように刻み込むか」が,戦略そのものになる。

 受け手が望んでいない宣伝文句を送る際に使われる戦略には,必要なコストと得られる効果のバランスに基づいた“流行りすたり”がある。効果が大きければ,より多くのお金をその戦略にかける。効果が小さければ,安く済むときにしか使わない。テレビのゴールデン・タイムに30秒間CMを流すには,成人視聴者1人当たり1.8セントかかる。雑誌のカラー全面広告のコストは,読者1人当たり約0.9セントだ。高速道路の看板は自動車1台当たり0.21セントで作れる。ダイレクト・メールは最も高い。米国の郵便制度で「Third-Class」に分類される郵便物を送るには,1通当たり50セント以上必要だ(だからこそ,対象をきちんと絞った名簿に価値がある。こうした名簿を使うと,1通当たりの宣伝効果を高められる)。

 スパムがよく利用されるのは,広告効果が高いからではない。スパムに対する応答率は極めて低い。スパムの送信コストが非常に安いからよく利用されるのだ。典型的なスパム送信コストは,電子メール1通当たり100分の1セントを切る(しかもこの額は,スパム送信業者がスパムの広告主である顧客に請求する金額に過ぎない。ずる賢いハッカーなら,ずっと安上がりな自分専用のスパム・ネットワークを構築できる)。1人の人間にうまく影響を与えること――例えば,商品を購入させたり,支援候補に投票させたりすること――に10ドルの価値があるのなら,スパムによる成約率はわずか10万分の1でよい。そして,スパムを利用すれば,本物の「限界生産物」を実現できる。つまり,スパムの送信量を増やせばそれに比例して利益も増える。

 ここまでの議論に問題はないだろう。しかし,コストと利益の計算には欠けている要素が1つある。“人々に迷惑をかける”行為のコストだ。宣伝文句に影響されない人は,全員何らかの迷惑を被っている。広告主は,人々に迷惑をかけるコストの一部を負担している。スパムの受け手が商品をボイコットする可能性がある。しかしほとんどの場合,広告主がコストを負担することはない。広告コストは受け手が負担することになる。看板で美しい景色が台無しになり,夕食のひとときが電話勧誘で邪魔される。スパムの配送費用がインターネット全体の負担となり,通信速度も落ちる(ここでは“コスト”という言葉を広い意味で使っている。金銭的な費用に限っていない。時間と幸福は両方ともコストなのだ)。

 このように,スパムが極めて悪質なのは受け手にコスト負担を強いるからだ。電子メールを送信するたびにスパム・メール送信者(スパマー)はコストを支払い,利益を得る。しかし,そのほかに受信者が負担するコストもある。望みもしないスパムが大量に送られてくるので,受信者が負担するコストは膨大になる。ところがスパマーは,このコストの影響を決して受けない。もしもスパマーがスパム送信に必要なコストをすべて負担するとしたら,スパムの量は社会が許容できる低いレベルになるだろう。

 以上のような経済面からの分析は重要である。なぜなら,複数存在する解決法(スパム対策のソリューション)がそれぞれどの程度有効なのかを理解する方法はこれしかないからだ。スパムは経済の問題である。解決するには,スパムの基礎となっている“経済学”を変える必要がある(この分析結果は,VoIPスパム,ネットニュース・スパム,ブログ・コメント・スパムなどにもほぼ当てはまる)。