GHB(ガンマ・ヒドロキシン酪酸)は,悪用されることがある薬物の一種だ。(おそらく男性であろう)犯人は,女性の飲み物にGHBを混ぜ,薬の効き目が現れたら乱暴を働くのだ。米国では毎年40件足らずしか報告されない珍しい犯罪ではあるが,おぞましい行為といえる(多くの人は,40件という数字は,実際の件数よりも少ないと考えている。しかしながら,レイプ事件全体のごく一部に過ぎないことは確かだろう)。

 対策の一つして考えられるのは,バーに栓抜きを持参することだ。そして,栓が抜かれた状態のビンは,ほかの人に触れさせない。この対策は“信頼できる第三者機関”の原則に基づいている。女性が自分で栓を抜けば,バーのほかの客を信用しないで済む(ビール・メーカーを信じる必要はあるが,そのリスクは大きくない)。

 以前から「セキュリティはトレード・オフだ」としつこく書いてきた。つまり,得るものとあきらめるものとのバランスの問題である。たとえ効果があっても,トレード・オフとしては悪いセキュリティ対策はいろいろある。その一例が,ほとんどの読者にとっての防弾チョッキだ。一方,トレード・オフの優れたセキュリティ対策もいろいろある。その一例が国家機密だ。もちろん,実施する価値すらないセキュリティ対策も掃いて捨てるほどある。

 ハロウィーンのキャンディに麻薬やかみそりの刃が仕込まれることを恐れるように(GHBの話とは異なり,この話はほとんど嘘のようだ),リスクは発生頻度よりも恐怖の度合いで評価されることが多い。つまり,人々は脅威に対して現実的な対応をせず,感情的に反応してしまうものなのだ。その結果,感情的な観点では大きな意義があっても,セキュリティの観点では全く効果のない対策が導き出されてしまう。

 確かに,栓抜きは簡単に持ち歩ける。しかし,この対策で必要とされる「常に気を抜かず,必ず自分の手で栓を抜く」ことの実行は困難だ。その上,この対策に重点を置くと,ほかの脅威を無視してしまう恐れもある。

 毎年5000人が食中毒で死亡するのに,レストランから食べ物を包みもせず持ち帰ることは問題視されない。調理場の検査や調理手順の監視を求める人もいない。

 まれにしか発生しない衝撃的な事件は,よく起こる平凡な出来事よりも常に危険とみなされる。その結果,多くの“セキュリティ・シアター(security theater)”を招くことになる。

(訳注:ここでの“セキュリティ・シアター”とは,「実際のセキュリティ向上にはつながらないが,見た目から安心感を得ることのできる装置やルール」を指す)

http://www.englishmajor.com/rapefacts.html

GHB用の試験紙(テスト・ストリップ)に関する情報(見たところ,試験紙の検出精度はそれほど高くないようだ):
http://www.wsaw.com/home/headlines/329651.html

Copyright (c) 2004 by Bruce Schneier.


◆オリジナル記事「Security Notes from All Over: GHB」
「CRYPTO-GRAM August 15, 2004」
「CRYPTO-GRAM August 15, 2004」日本語訳ページ
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◆この記事は,Bruce Schneier氏の許可を得て,同氏が執筆および発行するフリーのニュース・レター「CRYPTO-GRAM」の記事を抜粋して日本語化したものです。
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