先ごろ米国の最高裁判所は,ブッシュ政権による法的なテロリスト対抗策について,3件の異議申し立てを認める判決を下した。この異議申し立ては,法律と市民の自由を根拠に延々と議論されてきた。申し立ての内容すべてが認められたわけではないが,推定無罪(presumption-of-innocence)と正当な法手続き(due process)を守るため,異議申し立てのほとんどが認められた。

 私がここで取り上げたいのは,「この決定が,米国のセキュリティにとってどれほど重要なのか」ということだ。セキュリティには多くの側面がある。脅威はあらゆる方向からもたらされる。例えば,セキュリティには,テロと戦う人々のセキュリティが含まれるし,独裁政府に抵抗する人々のセキュリティも含まれる。

 3件の異議申し立ての内容はどれもほぼ同じで,違いは小さい。1件は,グアンタナモ・ベイ基地で拘束されている12人のクウェート人と2人のオーストラリア人について,家族が「拘束は米国の法律に照らして違法だ」と主張。残りの2件も同様である。米国市民(そのうち1名は米国で,そのほかはアフガニスタンで拘束された)について,告訴もされず,裁判も受けられず,弁護士を依頼できない状態に置かれたまま,無期限に拘束されることの可否を,弁護士らが問題にしている。こうした申し立てに対し,ブッシュ政権は「いずれも合法で,現在の“テロに対する戦争”に基づく行為」と主張し,原告側は「拘束されている人々は米国憲法に基づく権利を持ち,その権利を奪うことはできない」と主張する。

 この件では,実にさまざまなセキュリティ上の問題が作用している。(「権利章典」を含む)米国憲法は,米国市民と入国者のセキュリティを守るため作られた。具体的には,政府の力を制限する条項が,セキュリティ対策となっている。憲法に人権を明記していることもセキュリティ対策だ。このようなセキュリティ対策は,英国の専制的な植民地政策に対抗するため考案され,米国内での権力乱用を防ぐため拡張されてきた。法律は,陪審員による迅速な裁判を求め,告訴を伴わない拘束を禁じ,警官の活動に規制を設けている。我々の安全を高める法律は,これですべてだ。こうした法律がないと,政府や警察は誰のチェックも受けないことになる。

 Jose Padilla氏の一件は分かりやすい例だ。彼は2002年5月にシカゴで逮捕されたが,犯罪で告訴されずにいる。John Ashcroft氏は記者会見を開き「Padilla氏が“ダーティ・ボム”(簡易型の放射性爆弾)を作ろうとしていた」と主張したが,それを裏付ける証拠は裁判所に提出されていない。Padilla氏が有罪なら,処罰を受けるのは当然だ。このことに疑いはない。しかし,有罪か無罪かの判断は,ある決まった起訴手続き(起訴または犯罪の告発)に従って開かれる裁判で下される。起訴されなければ裁判を開けないので,Padilla氏は身柄を拘束されたまま放置されている。

 もしも,好きなときに好きな理由で誰かを逮捕し,裁判を開かず無期限に拘束できる権利が政府にあったら,誰一人としてそんな所で暮らそうとは思わないはずだ。

 ブッシュ政権は「政府の活動や秘密が明かされてしまうので,このような人物を公の裁判にかけることはできない」と反論した。米国政府は以前にも同じような主張をしている。そのたびに,それが単なる言い訳であることが判明している。というのも,実際には裁判にかけられることがあるからだ。1985年には,元海軍士官のJohn Walker氏がソ連のスパイとして捕まった。このとき米国家安全保障局(NSA)の提出した証拠は,軍の秘密を公開することなく有罪を宣告できるだけの内容があった。つい最近では,アフガニスタンで拘束された“米国人タリバン”のJohn Walker Lindh氏が司法制度に従って裁かれ,禁固20年の判決を受けた。第2次大戦中でさえ,米国内で捕らえられたドイツのスパイには弁護士がつき,公開裁判が行われた。

 こうした手続きは正しい行為であるだけでなく,すべての人々のセキュリティを高める。そのため,我々は公平/公開の原則を維持し続けなければならない。米国が世界中から尊敬されているのは,自由の国だからだ。最高裁の異議申し立ての根拠となる権利そのものが,我々全員の安全を守る権利なのだ。法律を逸脱しないテロ対策が増えれば,「公正な公開裁判」「正当な法手続き」「有罪が確定するまでは無罪」という原則が,より考慮されるようになるだろう。そのことが,我々全員をより安全にするのだ。

 チェック機能のない警察と軍隊の権力は,監視のおよばないテロと同じくらいセキュリティ上の脅威だ。テロに対抗するからといって,権力に犠牲を払う理由はない。

Copyright (c) 2004 by Bruce Schneier.


◆オリジナル記事「Due Process and Security」
「CRYPTO-GRAM July 15, 2004」
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◆この記事は,Bruce Schneier氏の許可を得て,同氏が執筆および発行するフリーのニュース・レター「CRYPTO-GRAM」の記事を抜粋して日本語化したものです。
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