パソコン・ユーザー向けに映画の本編やスポーツ中継のダイジェスト版といった映像コンテンツを,無料で提供する事業者が登場し始めた。ポータルサイト「MSN」を運営するマイクロソフトや,FTTHサービスを提供するUSENである。

 これまでもブロードバンド(高速大容量)通信事業者などのパソコン向け映像配信サービスでは,映画の予告編など一部のコンテンツを無料で配信することはあったが,映画の本編などは有料配信が基本といえた。これに対してマイクロソフトやUSENは,映像コンテンツの冒頭や途中で動画CMを流すスポンサー企業などを募集し,その企業からの広告収入を基に自社のサービスを運営する。いわば広告ベースで無料放送を行っている民放テレビ局と同様のビジネス・モデルを採用している。

 確かにブロードバンド・サービスのユーザーが少ないうちは,地上波放送に比べて広告媒体としての価値が低いこともあり,こうした無料の“ネット放送”を手がける事業者はいなかった。しかし,ブロードバンドのユーザー数が1000万件を超えて増え続けるなか,状況は大きく変わってきた。

 「ブロードバンド・ユーザーの何割かを視聴者として取り込み,自社の映像配信サービスの広告媒体としての価値を高められれば,無料で映像を配信しても広告収入で十分に利益を確保できる」というのが両社の読みである。こうしてマイクロソフトやUSENによる無料の“ネット放送”が始まったわけだ。

地上波放送に引けを取らないコンテンツも提供

 マイクロソフトは2005年4月に,MSNのポータル・サイトに無料の映像配信を行う「MSNビデオ」のメニューを追加した。MSNビデオでは,ニュースやドラマのダイジェスト版など約4000タイトル(1カ月当たり)を無料で提供している。この7月の月間視聴件数は,1400万件(動画CMの視聴件数を含む)となった。

 一方のUSENは,映画や音楽,ニュースなど12ジャンルの映像コンテンツを配信する「GyaO」のサービスを4月に開始した。同サービスでは性別や職業,世帯構成などの基本的な個人の属性情報を登録すれば,無料で映像コンテンツを視聴できる。8月10日時点で,同サービスの登録者は150万人を超えた。

 マイクロソフトやUSENは,地上波放送に引けを取らない魅力的な映像コンテンツを配信することで,視聴者を増やそうとしている。マイクロソフトは6月から7月にかけて,全英オープンテニスの試合中継のダイジェスト版を配信した。またUSENも6月に,イタリアサッカー1部リーグ(セリエA)所属チーム「ユベントスF.C」の来日親善試合を生中継するなどの動きを見せた。

無料配信に取り組みにくい地上波放送事業者

 一方,ここに来て地上波放送事業者は,フジテレビジョンがブロードバンド・ユーザーを対象にCS放送で過去に放映した番組などの有料配信を7月に開始し,日本テレビ放送網がパソコンなどを対象にしたVODサービスの2005年秋からの開始を発表するといった動きをみせている。だが,これらはいずれも新たな収入源の確保を目指した,有料配信ビジネスになる。屋台骨である地上波放送の視聴率や広告収入を減らすような無料の“ネット放送”には取り組みにくいという事情がある。

 地上波放送事業者が無料の“ネット放送”に対してある程度の危機感を抱いているのは確かである。無料の“ネット放送”は地上波放送に迫ることができるのか。今後の映像メディアの力関係を変えるようなサービスに育つのか。マイクロソフトやUSENの取り組みからは当分の間,目が離せない。

(長谷川 博=日経ニューメディア)