7月に発表された総務省の調査によると,NTT東西地域会社のBフレッツをはじめとするFTTHサービスの契約数の伸びがADSLを初めて超えたそうだ(関連記事)。いよいよFTTHの本格普及を肌で感じられるようになってきた。NTTグループは中期計画で「光回線3000万ユーザー」を目標に挙げるなど(関連記事),FTTHの推進に積極的だ。

FTTHサービスには企業利用を阻む制限がある,はず

 企業がBフレッツを自社のネットワーク構築に流用するのも当たり前になってきた。いまどき,ネットワークの刷新を考える企業なら,Bフレッツの利用を選択肢に入れている(関連記事)と考えて間違いない。

 最大100メガ・ビット/秒の光ファイバ回線が月間5000円ちょっとの料金で利用できるのだ。従来の企業向けの回線サービスから切り替えることで,高速化とコスト削減が一挙に達成できる。企業が飛びつかない方がおかしい。実際,インターネットを検索すると,Bフレッツを企業ネットワークに導入して高速化とコスト削減に成功した事例がゴロゴロ出てくる。

 だが記者は,こうした成功例の背後にある「オトナの配慮」が気になって仕方ない。というのは,Bフレッツのサービス規定には企業のこうした利用を制限するはずの項目があるからだ。「IP通信網サービス契約約款」の59ページにある規定がそれだ(約款はここからダウンロード可能)。

 Bフレッツには3種類の契約形態があり,それぞれで配下に接続できるパソコンの台数に制限がある。料金がいちばん安いファミリータイプで5台,ベーシックタイプは10台,ビジネスタイプで50台となる。これらはインターネットへの同時接続数ではなく,Bフレッツで接続した拠点のLANにつながっているパソコンの台数である。なお,フレッツADSLやフレッツISDNにはこのような制限はない。

 一般的な企業のオフィスでパソコン10台というのはかなり小さい方だろう。また,パソコンだけでなく「IPを利用して通信する機器」(NTT東日本)はすべて制限の対象になるから,社員が少なくても10台を超えるケースは出てくる。電話機やPOS機器,店舗用の情報端末,ATMといった機器がIPを使って通信するなら数に入ってしまうからだ。

 その場合,約款を順守すればサービスはビジネスタイプを選ばざるを得ない。しかし,ビジネスタイプの料金はいちばん安いファミリータイプの8倍を超える月間4万円強。この料金は従来の企業向け回線サービスに近く,「Bフレッツ利用でコスト削減」の達成が怪しくなってくる。では,なぜ多くの企業でBフレッツの導入が進んでいるのかというと,この制限がろくに機能していないからだ。

実際は約款違反を見て見ぬふり

 「契約前に使い方を説明して問題がないか確認した。でも,NTTの担当者はイエスともノーとも言わなかった」と説明してくれたのは,最近,Bフレッツを使って,全国の支店をつなぐバックアップ・ネットワークを構築したある企業の担当者である。約款の問題をどう処理したのかという記者の質問を受け,「その後契約が成立し,回線が引かれたから問題ないのかなと思っていたけど,実際のところどうなんですかね?」と不安顔である。

 約款違反が発覚した場合は「通告してサービスを止める」ことになっている。だが,NTT東日本の担当者は「自分が知っている限りでは,台数制限違反でサービスを停止した例はない」という。実はそもそもNTT東西地域会社は,Bフレッツに接続されているパソコンの台数をネットワーク側から監視する手段を持っていない。制限違反を確認するためには,調査員をユーザー宅に派遣して台数を数えなければならない。そんな面倒はできないので野放しにならざるを得ない。

 加えて,利用形態の変化が問題をややこしくする。先のバックアップ・ネットを構築したユーザーの場合,Bフレッツにはルーターが1台つながっているだけで,普段はまったくデータが流れていない。つまり通常は規定違反ではない。主回線のトラブルが起き,バックアップ網を稼働させてはじめて規定違反の状況になる。拠点によっては制限台数を超えるからだ。ついでに言うと、構築以来このバックアップ・ネットは一度も稼動していない。

 Bフレッツはもともと家庭からのインターネット接続を前提に作られたサービスである。接続機器はパソコン,用途はインターネットへの常時接続とほぼ決まっていた。台数制限はこうした前提のもと,管理の手間を省略しつつ,回線の共有部分の利用を公平化するための苦肉の策だった。バックアップ網のように通常はデータを流さなかったり、IP電話やPOS機器しかつながないネットワークとしてBフレッツを利用するのは想定外なので、判断がつきにくい困った状況になる。

 意識的かどうかは別として現実にBフレッツの約款にある台数制限を守っていない企業は、かなりいると見て間違いない(もちろん正当にやっているところが大半だろうが)。一概にこうしたユーザーを責められないのは,NTTがこの状況を明らかに放置しているから。先のユーザーの例のように十分な説明が無く、ユーザーが不安を抱いたままで導入が進んでしまうケースすらある。

実情に合わない規定はやめてしまえばどうか

 背景にはおそらくFTTHの普及を推進したいNTTの思惑がある。フレッツ・サービスは家庭のインターネット接続を目的に普及してきた。そのため,平日の夜間と休日は混雑するが,平日のビジネス・アワーは空いているという利用傾向がある。空いている時間に使ってくれるうえに,一度のたくさんの回線を契約できる企業ユーザーは喉から手が出るほどほしい客なのだ。

 NTTは企業に売りたい,ユーザーは安く使いたい。両者の思惑が水面下で合致したところで登場するのがオトナの配慮である。こう考えると,NTTが今後,急に態度を変えて約款の順守を強制してくる可能性は低そうに思える。

 だがそれでいいのだろうか? 約款違反を意識しつつ使い続けるのは,CSR(企業の社会的責任)の観点からも好ましくない。2004年の通信事業法改正で,通信事業者とユーザーが個別契約する「相対契約」が許されているのだから,本来はそれを利用するのが筋だろう。

 実際にこうした交渉は行われており,台数制限を緩和した相対契約もあるようだ。ただ相対契約の存在が一つ明らかになると,次々と相対を結ぶ状況になって約款の制限自体が無意味になるから,これもオトナの配慮で公にはないことになっている。

 もっと良い解決策はNTTがBフレッツの台数制限そのものを撤廃することだ。制限を撤廃すれば,約款違反を気にして導入を躊躇している企業が大手を振って採用に踏み切れる。つまりFTTHの普及がいっそう加速する。オトナの配慮で曖昧にごまかすより,こちらの方がNTTにとっても魅力のある取引のハズなのだが・・・。

 などと思ってしまうのは,記者がまだまだコドモだからだろうか。ことし40歳のいいおっさんなんだが。

(山田 剛良=日経コンピュータ)