「内部統制」という言葉を最近よく聞くようになった。企業(組織)が,財務報告の信頼性や法令順守などを担保するために,企業内すべての者によって遂行されるプロセスのことを,内部統制という。平たく言えば,カラ出張を防ぐために経理部が交通機関・ホテルの領収書や出張目的を精査したり,押し込み営業を防ぐために期末に異様に販売額が増えた営業担当者を呼び出して事情を聞く,といったことも内部統制の一種である。

 つまり,内部統制は決して新しいキーワードではない。昔からどこの企業でも行われてきたことだが,いま改めて注目されているのは,内部統制の不備による企業不祥事が相次いだからだ。

 日本放送協会(NHK)は昨年7月,元職員が番組制作費の名目で約5000万円を不正に支出させ,一部を着服していたことを明らかにした。上司が部下の支出をチェックするという内部統制が,正常に機能していなかった。これをきっかけに受信料の不払いが広がり,NHKの経営に大きな影響が出ている。

 IT(情報技術)企業の不祥事も相次いだ。昨年11月には大証ヘラクレスに上場していたシステム開発会社,メディア・リンクスの架空取引による売上高水増しが発覚。メディア・リンクスの取引先として不正に加担する形になった伊藤忠テクノサイエンスは,過去にさかのぼって売上高を減額するなど5期分の決算を修正した。伊藤忠テクノサイエンスは実体のない架空取引を許さないよう,物品の受領を厳格にチェックなどの内部統制強化策を実行している。

情報システムが不正の温床になることも

 日経情報ストラテジー9月号(7月24日発売)の特集記事「迫り来る日本版SOXに備えよ! 不正の芽を摘む内部統制とリスク管理」では,再生を期すNHKの経理プロセス改革や,ディーゼル車排ガス浄化装置(DPF)販売で不正があった三井物産の再発防止策などを紹介している。SOXとは,上場企業に厳格な内部統制を義務付ける米国の企業改革法(サーベンス・オクスレー法)のことで,日本でも金融庁などが法制化の議論を進めており,既に内部統制の評価基準についての公開草案が出ている(関連記事)。

 日経情報ストラテジーの記事では,社員の意識改革や,業務プロセスの図式化といった内部統制強化策をNHKなどの事例で解説している。内部統制強化には多方面の取り組みが必要だが,この「記者の眼」では,特に情報システムによる内部統制の重要性を強調したい。金融庁の公開草案でも,「ITの利用」を内部統制の6大要素の1つに位置付けている。多くの企業が,経理などの業務処理にシステムを使っているからだ。

 よく,「業務をシステム化すれば,手作業に比べて不正がやりにくくなり,内部統制を強化できる」という議論があるが,システムの設計次第では不正の温床にもなる。NHKのシステムの場合,番組制作費を精算するには,部下がシステム上で起票したものを,上司が承認しなければならないという形で,内部統制が組み込まれていた。ところが,上司には部下の代わりに起票できる「代理請求」というシステム上の権限が与えられており,元職員はこの権限を悪用して自分で起票も承認もしていたという。システムに本来あるべき内部統制を損なわせていた代理請求機能は,その後廃止された。

ERPの安易なカスタマイズは内部統制を損なう

 ただし,こうした機能は利便性向上に役立つのも事実だ。不正の余地をなくすために,多数の関係者が承認しなければ処理が前に進まず,一切の例外を認めないようなガチガチのシステムは,利用者にとっては使い勝手が悪い。内部統制と利便性はトレードオフの関係にある。

 「社員は不正をする」という“性悪説”に基づいて作られた欧米製のERP(統合基幹業務)パッケージには,従来から内部統制機能が組み込まれている。入力・審査・承認などの操作がそれぞれ別人でなければ実行できない,取引金額などが一定のしきい値を超えると処理ができない,といったものが典型だ。

 よく「欧米製ERPは日本企業に合わない」という議論がある。取引慣行などが違うことも大きいが,厳格な内部統制機能が日本企業に好まれなかったこともあるだろう。ある外資ERPベンダーは,「内部統制を重視するなら,ERPが本来持つ内部統制の仕組みをフルに活用するのが理想的。しかし,社員にとってオペレーションの負荷が増えるため,日本の顧客企業では『カスタマイズ』で内部統制の仕組みを外すことが多々ある。安易なカスタマイズはリスクを増大させる」と主張する。

 コスト削減だけを目的にERPを導入するなら,人件費や教育費を増大させかねない面倒な内部統制は障害になる。しかし,これだけ不祥事が相次ぐと,内部統制が十分に機能していない企業は,規制当局や投資家のみならず,顧客からも信用されなくなる。米国企業改革法の「外圧」だといって無視するわけにもいかないだろう。今後,情報システムを開発したり見直したりする際には,利便性だけではなく内部統制という観点を取り入れる必要がありそうだ。

(清嶋 直樹=日経情報ストラテジー)