最近,無線LANを使った通信サービスに関するニュースが多い(関連特集)。その中でも大きなニュースだったのが,ライブドアが公衆無線LANサービス「D-cubic」を提供するというもの。本サービスの開始は2005年10月の予定。月額525円の料金で面的に展開した最大54Mビット/秒の公衆無線LANを利用できるとあって,サービス開始を心待ちにしているユーザーも多いのではないだろうか。

 さらに,ドリームテクノロジーズと平成電電が協力して公衆無線LANサービスに参入することを明らかにした。2005年末には,政令指定都市を中心に人口カバー率25%を目指す。

 このように具体的な計画が続々と明らかにされても,筆者はこうした「公衆無線LANサービス」に漠然と技術的な不安材料があるように感じていた。そもそもLAN用に考えられた技術を使って,面的に広がる公衆サービスが構築できるのか――という懸念だ。それが,取材を進めていくうちに,「なんとかなるかも」と考えが変わってきた。

 整理してみると,漠然と感じていた不安材料とは,(1)無線LANの電波が混信してしまうのではないのか,(2)隠れ端末問題が多発するのではないのか,(3)セキュリティが守れないのではないのか――の3点。そこで今回は,技術的な側面から公衆無線LANサービスを再考し,これらの不安感はどう払拭されたのか,説明していく。

複数のアクセス・ポイントが乱立すれば通信異常が起こる?

 無線LANはそもそもLAN(ローカル・エリア・ネットワーク)として規格化された技術。一般的に,アクセス・ポイント(AP)を中心に,無線LANアダプタを実装した複数のパソコンが一つのLANを構成する。

 この無線LANを面的なエリアをカバーする公衆サービスとして利用するには,さまざまな問題が考えられる。そもそも,社内に無線LANを導入する場合でも,ネットワーク設計は難しい。エリアが広い公衆無線LANサービスでは,その設計はさらに難しいものとなる。

 オフィスなどで無線LANを導入するときに難しいのが,チャネルの設定だ。例えばIEEE802.11bの無線LANを導入するなら,隣接するAPで異なる電波を使うように,四つのチャネルから選んで設定することになる。異なるチャネルを使うことで,それぞれのAPでの通信がほかのAPの影響を受けることがなくなるからだ。

 オフィスに無線LANを導入するなら,厳密な設計のもとAPの配置を検討して,無線LANを導入できる。しかし,公衆無線LANサービスではそうはいかない。自社の設備として理想的なAPの配置やチャネル設定を考えても,他社のサービスで使うAPやすでにホットスポットなどで展開中のAP,オフィスや家庭内で使われているAPなどなど,数多くのAPから電波が発信されているからだ。

 ここで筆者は漠然と「このような状況下で,電波の干渉なしに通信できるわけがない」と感じていた。これが一つめの不安材料だ。

無線LANでは電波は混信しない

 しかし,こうした不安感は実体のないものだった。無線LANのプロトコルをよくよく見てみると,複数のAPが乱立し,同じチャネルを使っても無線LANでは電波の干渉は起こらないのだ。

 無線LANの考え方の基本は,あらかじめ決められた周波数帯域の電波を複数の端末/システムで共用するというところにある。もっと分かりやすく具体的に言ってしまえば,「誰かほかの端末が電波を出しているときは,それが終わるまで待つ」という考え方だ。異なるAPが同じチャネルを使って無線LANを構築しても,その間で電波のレベルで干渉することはありえない。

 つまり,どんなにAPが密集して設置されたとしても,電波干渉が起こるわけではないのだ。

 もちろん,「誰かほかの端末が電波を出しているときは,それが終わるまで待つ」のだから,それだけスループットは落ちる。どれだけの数のユーザーがそのチャネルを使っているのかによって,スループットが大きく変動することになる。

 ここから分かるように,公衆無線LANサービスのスループットは,自社の設備だけでは決まらない。多くのAPを置き,それぞれにうまくチャネルを割り当てられたとしても,同じチャネルを使う他社の公衆無線LANサービスのユーザーが多くいると,それに足を引っ張られて低いスループットしか出ないことになる。逆に,同じエリアに同じチャネルを使うAPが密集していても,ユーザーが少なければ十分高速で公衆無線LANサービスを利用できるのである。

隠れ端末問題が多発する?

 筆者が感じた二つめの不安材料は,隠れ端末問題である。

 隠れ端末問題とは,無線LANを使う環境で,APをはさんで反対側にある2台の端末が,お互いが電波を出していることを認識できずに通信を始めてしまい,コリジョンが多発するという問題だ。お互いがそれぞれの電波を検知できないと,いつまでたってもコリジョン状態が解消されずに,LAN自体がダウンしてしまう。

 オフィス内などAPと端末の間の距離が短い環境ならあまり問題にならないが,ライブドアのD-cubicでは100メートルおきにAPを設置する。ドリームテクノロジーズ/平成電電の場合は,複数のアンテナを効果的に使って高速化を図る技術「MIMO」(multiple input multiple output)を採用することで,APと端末の間を600メートルまで離すことも可能だという。このように面的にエリアを広げる公衆無線LANサービスの環境だと,隠れ端末問題がサービスに大きな影響を与える可能性が出てくるだろう――。筆者はこう考えたわけだ。

 しかし,この問題はすでに無線LANの手順を拡張することで解決する方法があった。複数の端末がお互いの電波を検出できなくても,APはすべての端末の電波を検出できるはず。そこで,端末が通信を始める前にまずAPに対して「送信要求」を送り,APが端末を指定して「送信許可」を与える手順を取り入れる。こうした手順を「RTS/CTS方式」と呼ぶ。

 RTS/CTS方式を採用することで,送信許可を受け取った端末だけが通信を始められるようになり,まったく同時に送信要求を送る場合を除いてコリジョンは起こらなくなる。隠れ端末問題を回避できるわけだ。逆に言えば,公衆無線LANサービスではRTS/CTS方式を採用しないと,隠れ端末問題が多発する可能性があるということだ。

 ただし,RTS/CTS方式を採用するということは,無線LANの手順にRTS/CTSのやりとりが追加されることを意味する。そのため,一つのデータ・フレームを送るのに必要となる時間が長くなる。それだけスループットが低下するわけだ。この点にはユーザーの理解が必要だろう。

セキュリティは大丈夫?

 最後の不安材料はセキュリティである。電波はところかまわず飛んでいく。何の対策も施さなければ,通信内容が筒抜けになってしまうので,無線通信部分のセキュリティを確保することが重要となる。