自治体の基幹系システムは,メインフレームなどの大型コンピュータ上で稼働する,いわゆる「レガシー・システム」が多い。このところ,これをオープン系サーバーへと刷新する動きが顕在化してきている。例えば,東京都三鷹市,東京都中央区,葛飾区,世田谷区,神奈川県横須賀市,新潟県長岡市などが,レガシー・システムのオープン化を実施,あるいは具体的なシステム刷新の作業に入っている。

 狙いとしては,地元IT企業の参入促進,フロント・オフィスのシステムとの連携強化などもあるが,まずはコスト削減を掲げる自治体が多い。地方自治体財政の危機的状況を反映しているといえるだろう。

 佐賀県佐賀市では,この4月から基幹系システムをオープン系に全面的に切り替えた。佐賀市のオープン系システムへの移行は,開発期間が約1年,しかも海外企業であるサムスンSDSに発注したことで大きな話題を呼んだ(関連記事)。結果としては,当初予定よりスケジュールは遅れたものの,現場の職員やSEの頑張りもあり,汎用機のリース期限が切れる4月1日までに無事稼働させることができた。市の試算では,5年間で約3億円の運用コスト抑制効果を見込む。

 「本当に間に合うのか」と市役所内でも懸念されるほどの短い期間しかない中で,オープン化を断行したのはなぜか。佐賀市の木下敏之市長は本誌「日経BPガバメントテクノロジー」のインタビューで,こう答えている。

 「私は正直言って,地方交付税が大幅に減る時代がすぐに来ると思っています。その減り具合に対して,かなり厳しい見通しを持っています。『減るかもしれないが,それなりにもらえるだろう』とは思っていません。ですから,効率化できるものは,チャンスを逃さずに効率化していこうと考えているのです」

“ベンダー丸投げ”から脱却しなければ後がない

 一方,メインフレームやオフコンを維持する道を選んだ自治体もある。例えば愛知県豊田市がそうだ。豊田市はメインフレーム上で,住民情報管理,税,福祉などの基幹系システムのプログラム開発,保守,運用をすべて職員の手によって実施している。

 豊田市では,ソースコードの複雑化を防ぐため,データベースの一元化や,開発手法の標準化によるプログラム部品の再利用,ドキュメント化を実施してきている。「異動する職員の引継ぎの過程で文書がなくなってしまった」「小手先のニーズを安易に織り込んだつぎはぎだらけのシステムになってしまった」といった,いわゆるレガシー・システムの弊害とは無縁の運用を30年間続けてきたのである。

 2005年4月には,豊田市と周辺の6町村とが合併し,人口40万人の新「豊田市」が誕生したが,その際のシステム統合コストも,職員が実作業を担当することで実質3億円強で済ませることに成功している(この人口規模の合併だと,システム統合コストが10億円を超す例も珍しくない)。

 豊田市の事例は,情報システム部門がしっかりしていれば,オープン化する/しないという問題とは関係なく,適正なコストできちんとシステム運用ができることを証明している。しかし,多くの自治体はそうではなかった。だから,“ベンダー丸投げ”との批判も浴びてきた。だとすれば逆に,多くの自治体にとってオープン化を検討する時期こそが,情報システム部門の改革につなげるチャンスといえるのではないだろうか。さらに言えば,従来のシステム部門のあり方のままでは,分散系であり,安定稼働という面ではメインフレームに一歩譲るオープン系システムをきちんと管理するのは難しいだろう。ここで改革できなければ,もう後はない状況だ。

よりITガバナンスを発揮できる組織・体制へ

 実際,基幹系システムのオープン化を契機に,自治体はIT調達や組織などのあり方についての改革に取り組みはじめている。東京都世田谷区ではレガシー刷新の計画実施を機に,システム・インテグレータとベンダーを分離し,調達の透明性を高める試みを実施している(関連記事)。2006年度から3年間程度でレガシー・システムを撤廃する方向で検討を進めている山梨県甲府市では,新しい基幹系システムについてはIT-PFI(プライベート・ファイナンス・イニシアティブ)の方式でベンダーとインセンティブ契約を結べないかと検討中だ。

 宮城県では,システムのオープン化に合わせて,システム部門と業務主幹部門それぞれの役職に応じて身に付けるべきITスキルを整理,研修プログラムを構築する。ITスキル標準を参考にしながら,ユーザー部門(県庁職員)として必要なスキルを3段階程度にレベル分けしてまとめるという。

 「今後は共通基盤が県庁全体の基盤となり,各システムが連動していく。各業務主幹部門も,システムをベンダーに丸投げするのではなく共通基盤を使ってどのような形で行政サービスを提供できるかを企画・立案してもらいたい。また,情報システム部門には,全体最適を導くサポート体制を確立・運営していくためのスキルが求められる」――情報政策課の木村毅電子自治体推進専門監は,“スキル標準”と研修プログラム整備の狙いをこう語る。今後プログラムの詳細を詰め,まずは8~9月をめどに各課・室のIT推進リーダーの研修からスタートさせる予定だ。

 自治体の情報システム部門は,「財政難の中で基幹システムをどう運用していくのか」という問題に直面することで,よりITガバナンスを発揮できる組織・体制を目指して急速に変わりつつある。これが,取材を通じての私の実感だ。本来ならもっと以前から着手しておくべき課題だったかもしれないが,住民側にとっては歓迎すべき傾向だといえるだろう。・・・という本稿の結びは,IT Proの読者諸兄姉の眼から見て甘すぎるだろうか?

(黒田 隆明=日経BPガバメントテクノロジー)

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