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 今,世界の通信業界は,100年に一度あるかないかの大きな曲がり角に直面している。100年以上の歴史を持つ回線交換式の電話網を捨て,IPをベースとした全く新しく形に作り替えようとしているからだ。

 このIP化された次世代の基幹ネットワークのことを「NGN(Next Generation Network)」と呼ぶ。今,世界の通信関係者の間ではNGNの話題で持ちきりだ。それもそのはず。NGNは通信の将来の屋台骨に関する議論。影響する範囲はとてつもなく広い。従来のビジネスの枠組みすら変えかねないため,多くの事業者,団体,そして国家までをも巻き込み,様々な思惑が渦巻く舞台になっている。

NGNは追いつめられた通信事業者の生き残る道

 そもそもなぜ通信事業者はNGNへと移行しようと考えているのか。固定電話の長期低落傾向に歯止めがかからないからだ。電話網の維持・管理コストを削減し,新たな収入源を確保しないと将来生き残れないほど,通信事業者は追いつめられている。

 例えば英国BT。BTは世界に先駆けて2004年6月に電話網をIP化することを宣言した。「電話網をIP化しNGNへと移行することで,ネットワークのコストを年間10億ポンド(約2000億円)削減する。この目標を達成しないとBTは存続できない」(英BTのヨン・キム テクノロジー&イノベーション バイス・プレジデント。同氏へのインタビュー記事へ)。このようにNGNは,通信事業者が生き残るための最後の手段でもある。

 もっとも各国の通信事業者が勝手にNGNを作っていては,相互接続に問題を残す。例えば日本のIP電話のように。日本のIP電話は,各社が独自の仕様を採用しているため,異なるIP電話卸事業者間の接続はIP化されているにもかかわらず,間に交換機やゲートウエイを挟む形が主流。これではIPを使うメリットもコスト削減効果も半減してしまう。

2005年末にNGN標準化の第一弾が完了

 こうした事態を避けるために,NGNの標準化を進めようという動きが世界の標準化団体の間で始まっている。中心となっているのは,欧州の標準化団体「ETSI(European Telecommunications Standards Institute,欧州電気通信標準化協会)」のプロジェクト「TISPAN(Telecommunications and Internet converged Services and Protocols For Advanced Networking)」と,国連の標準化機関である「ITU-T(International Telecommunication Union-Telecommunication Standardization Sector,国際電気通信連合の電気通信標準化部門)のプロジェクト「FGNGN(Focus Group Next Generation Network)」だ。

 ETSIのTISPANは2003年9月に発足。TISPANはNGN標準化の先駆けであり,現在最も議論が先行している。BTやフランステレコムなどの欧州の通信事業者に加えて,スウェーデン・エリクソン,フィンランド・ノキア,独シーメンス,仏アルカテルなどの欧州ベンダーが主な推進役である。

 TISPANより一歩遅れて2004年5月に始まったITU-TのFGNGNは,TISPANのNGNのリリースを参照しながら,QoS(qualty of service)実現方式などを集中的に盛り込む予定。FGNGNでの推進役は,TISPANの主要メンバーに加えて,アジアなどその他の国の通信事業者や,米シスコシステムズ,中国のファーウェイなどのベンダーが含まれる。

 両機関では,NGNの概要が徐々に形になってきている。(1)SIP(session initiation protocol)をプロトコルに使い,IPネットワーク上で音声やデータ,映像などのマルチメディア・サービスを提供,(2)固定通信網と移動通信網を統合して,シームレスなサービス,いわゆるFMC(fixed moile convergence)を実現,(3)基本的なネットワークのアーキテクチャに,第3世代携帯電話に関する標準化団体「3GPP(3rd Generation Partnership Project)」が規定した「IMS(IP Multimedia Subsystem)」を採用,(4)ネットワークの品質や端末の能力に応じて,エンド・ツー・エンドでQoS制御を可能にする——などだ。FMCなどの新サービスの基盤としてもNGNは期待されている。NGNは,新たな収入の源にもなるわけだ。

 標準化の最初の山場が2005年末。この時期にETSIやITU-TでNGNに関する最初のリリースが出る予定である。もっとも両機関とも,段階的に標準化の仕様をリリースする計画。2005年末にすべての標準化が終わるわけではない。そのため「NGNの最初のリリースには,固定と移動の融合サービスの要件はほとんど入らない。リリース1はまだまだ実用的ではない」(ある関係者)との声もある。

NGN標準化は国益を大きく左右する

 通信事業者にとってNGNの標準化は,相互接続の保証をもたらし,メーカーによらず機器類を安価に入手できる機会を与える。一方で,ベンダーにとってみれば,自らの技術を標準に盛り込むことで収益確保につながる。さらに言えば,標準化はベンダーという枠組みを超えて,国益を左右しかねない重要な交渉の場とも言える。