最初のヒントになったのは長年,建設業界の情報システム部門に勤務した経験のある方に伺ったお話だ。システム開発のキーワードにQCDがある。QはQuality(品質),CはCost(価格),DはDelivery(納期)である。これに対して,建設の現場ではQCDではなくQCDSEという言葉でプロジェクトを見積もるというのだ。SはSafety(安全)のSであり,EはEnvironment(環境)のEである。

 システムやソフトの世界では,QCDの3項目を守ることすらできないケースがよくある。これに対して,建設の世界はさらに重視すべき項目を二つも増やしている。物理的な質量を持たないソフトが大きな部分を占めるシステムの世界で,環境について配慮することは簡単ではないだろうが,社会に対する重要性が増しているなかで「安全」についてより強く意識することが間違っているとは思えなかった。

 二つ目のヒントは,前回のフォーラム(「開発標準・失敗事例集・仲裁機関で動かないコンピュータ撲滅を目指せ 」)で紹介した,以下のコメントを読者からもらったことである。



運用寄りの話ですが HRO の概念は思想的な意味で「規範」となるような気がします。
(ユーザー)

 ご意見にあるHROとはHigh Reliability Organizationの略であり,日本語では高信頼性組織と訳す。興味深い意見だったので,日本でHROについて研究されている明治大学経営学部の中西晶助教授にもお会いしてお話を伺った。

 HROは情報システムだけを対象としたものではない。また記者の理解が不十分な面もあるのだが,運用面に限ってもシステムに求められる安全性の基準はどんどん高いものになるだろうと感じた。

 最後のヒントは,システムと軍隊の関連について,さまざまな人から示唆を受けたことだ。

 ある外資系ベンダーのエンジニアの方から,「米国では,CIOや開発プロジェクトのマネジャーとして軍が人材の大きな供給源となっている。日本には正式な軍隊は存在しないし,自衛隊が人材の供給源になっているわけでもない。こうした供給源の有無が,日本のシステムの質がなかなか向上しない原因ではないか」ということを聞いた。

 実は似たようなことは,日本を代表するある大手企業のCIO(最高情報責任者)と大手メーカーの最高幹部から聞いたことがあった。まったく別の機会に聞いた話なのだが,二人の意見は「結局,日本のシステムが世界で勝ち抜いていけないのは,軍隊がないからだ」ということで完全に一致していた。

 軍隊は,国の安全を守るための存在である。また一歩扱い方を誤れば大きな事故を招きかねない兵器を扱うため,通常の組織に比べてはるかに安全に対する意識が強い。軍隊の不在がシステムの質の低下をもたらしているという話と,安全に対する意識が関係しているのではないかと思ったのである。

安全を考えることがより良いシステムにつながる

 今でも,リスクマネジメントやセキュリティといったキーワードは,システムの開発や運用を考えるうえで珍しくない。大規模システムであれば,考えて当然のテーマである。これらを包括する概念として,「安全」なコンピュータを考えるべき時期にきているのではないかと記者は考える。

 異論のある方も多いだろうが,これまで情報システムの世界では,QCDのQにあまりに多くの役割を負わせてきたのではないだろうか。Qは本来,仕様を満たしているかどうかだけを判断すべきものだったはずだ。もちろん,これはQCDを軽んじて安全だけを考えるべきだということではない。

 偶然ではあるが,6月28日,来日中の米マイクロソフトのビル・ゲイツ会長は,自らの講演のなかでネットにおける安全対策の必要性を訴えた。同社は,そのために警察庁と技術協力協定を結んだことも明らかにしている。日本政府も,今年4月に「内閣官房情報セキュリティセンター(NISC)」を開設し,5月30日には「情報セキュリティ政策会議」をスタートさせた。国もシステムの安全に対する意識を強めている。

 そこで,みなさんにお伺いしたい。動かないコンピュータを減らすために,「安全」という考え方を生かすことは可能だろうか。意味があるとすれば,どういった形で生かすべきだろうか。この点について,みなさんからのご意見をいただければ幸いです。7月13日までにいただいたご意見を基に,このテーマに関する総括編を発表する予定です。

 なお,動かないコンピュータ・フォーラムの今後のテーマ,あるいは動かないコンピュータについてのご意見をお持ちの方は,日経コンピュータ編集部宛ての専用フォームまたは,記者のメール・アドレス(knakamur@nikkeibp.co.jp)宛てにご連絡いただければ幸いです。今後の参考にさせていただきます。これまでに議論したテーマは バックナンバーでご覧になれます。

 よろしければ,以下の質問にお答え下さい。結果はこの欄で,改めてご紹介させていただきます。

(中村 建助=日経コンピュータ)