写真1●埼玉県所沢市荒幡小学校版のKNOPPIX
 先日,経済産業省が進めるLinuxデスクトップの教育現場への導入実験を記者の眼でレポートした(「「Linuxデスクトップ,学校へ行く」)。実はこの実験では,通常のLinuxだけではなく,特殊なLinuxも使っている。CD-ROMにOS本体からアプリケーションまで格納し,CD-ROMから起動するLinux——1CD Linuxと呼ばれるLinuxである。インストールしなくとも手軽に利用できること,設定や環境を改変できないことから,クライアント管理コスト削減につながるとも期待されている。

 代表的な1CD Linuxが「KNOPPIX」だ。ドイツのKlaus Knopper氏がDebian GNU/Linuxをベースに開発,独立行政法人 産業技術総合研究所(産総研)が日本語化やWindows上で動作する機能の追加などを行っている。

 KNOPPIXは2005年1月から6月にかけ,奈良県,愛知県,東京,大阪府,北海道,埼玉県の大学や小学校,専門学校に導入され,各校で数十から百数十名の生徒が実習に使用する(関連記事)。使用したCDには,各学校が授業で使用する開発ツールなどのアプリケーションが収録されている。このカスタマイズ作業は,実験のとりまとめを担当したアルファシステムズが行った。

 実際に1CD Linuxを使用したユーザーは,そのメリットとデメリットをどう感じたのだろうか。

「管理が楽になった」——所沢市の荒幡小学校

 埼玉県所沢市の荒幡小学校では,6年生の児童28名が,KNOPPIX搭載ノート・パソコンで授業を受けた。授業内容は,Webブラウザでの調べ学習や,プレゼンテーション資料の作成である。

 「管理に関しては,願ったりかなったり」——KNOPPIX実験を担当した荒幡小学校の寳迫芳人教諭は1CD Linuxのメリットをこう評価する。

 なにしろ好奇心が旺盛な子供たちである。「Windowsでは,いつのまにかデスクトップのアイコンが全部なくなっていたり,変なソフトウエアがインストールされていたり。システムを元に戻すのが大変だった」(寳迫氏)

 1CD LinuxはCD-ROMにOSが書き込まれているため,基本的にはシステム設定を変更したり,ソフトウエアをインストールすることができない。自由に変えたいというユーザーには不便だが,学校のように,用途が限られており,かつ多くのユーザーが交替でマシンを使用する環境では,逆にメリットとなる。アプリケーションは授業で使用するWebブラウザ KonquerorとOpenOffice.orgに絞り込み,ゲームなどは削除した。

 もちろん,CD-ROM上にはデータは保存できないが,荒幡小学校では作成したドキュメントなどのデータはUSBメモリーに保存している。

 Windowsと操作が異なることにも,子供たちはすぐに慣れたという。子供たちはOpenOffice.orgを使い,6年生の1年間を「自分で作るマイ卒業アルバム」としてまとめた。作成したプレゼンテーションは印刷して各自が自分の記念アルバムとして持ち帰り,荒幡小学校を巣立っていった。

 学校内のWebサーバー上にある算数のドリルや,学級日誌作成ページなどの教育コンテンツを使った授業も行った。このコンテンツは,寳迫氏が作成したものだ。寳迫氏のホームページで公開している。

「自宅でも全く同じ環境を使用できる」——拓殖大学

 拓殖大学工学部情報工学科では,学部と大学院の学生約300名の学生がKNOPPIXを使用して実習を行っている。KNOPPIXを採用した理由は,「学生が自宅でも実習できるようにするため」(拓殖大学 工学部情報工学科助教授 佐々木整氏)だ。同科では,JavaやC言語,SQLなどのプログラミング実習を行っている。特にJavaは「1996年に授業に取り入れた。日本の大学では最も早かったのではないか」(佐々木氏)。

 実習環境を自宅のパソコンに構築するのは,そう簡単ではない。Java実行環境(JRE)や,GNUの開発ツールをWindowsで動かすツールCygwinなどをインストールしなくてはならない。これからプログラミングを学ぶ1年生にとってはハードルが高い。過去には,Cygwinをインストールしたために,家族で共有しているパソコンが起動しなくなったこともあったという。

 KNOPPIXであれば,インストールという作業は必要ない。CD1枚を自宅に持ち帰り,PCに入れて起動すれば,学校と全く同じ環境が使用できる。TomcatやMySQLもCDに収録し,これらのインストールが煩雑なソフトウエアもすぐに利用できる。Webアプリケーションもパソコン1台だけで動かすことができる。

 大学でも,Windowsをインストールした実習用パソコンは,学生が設定を変更してしまうこともあり,授業を始めようとすると動かなくなっていたこともあった。Windowsを初期状態に戻すためのツールとして,ディスク・イメージをネットワーク経由でコピーするツールNorton Ghorstを使用しており,一から再インストールしなくてはならないわけではないが,KNOPPIXは前述のようにそもそも改変できない。

 データはサーバーに保存する。現在はサーバー上に各ユーザーのホーム・ディレクトリを置き,それをマウントしてローカルのディスクのように使用している。実習データはUSBメモリーで持ち帰ったり,メールで送ったりすることもある。

 実際にKNOPPIXで実習している学生に不満はあるかとたずねてみたが「起動は多少時間がかかるが,起動してしまえば普通のLinuxと変わらない」という。

デメリットはCD-ROM作成の手間とハードウエアとの相性

 もちろん,メリットばかりではない。これはKNOPPIX特有の問題ではなくLinux全般の問題だが,荒幡小学校では,学校にあった既存プリンタ用のLinuxのドライバがなく,使用できなかった。そのため実験の一環としてLinuxで使用できるプリンタを導入した。

 KNOPPIX特有の難点は,CD-ROMを作成する手間だ。拓殖大学では,実は2~3年前からKNOPPIXを使った実習を行っている。使い始めた時は,CD-Rを焼いていた。学科の全学生に配布するとなると300枚以上になる。ドライブの台数にもよるが,少なくとも数時間はかかる。ラベルを印刷する必要もある。

 動作検証も必要だ。一度,CD-Rを作り直したことがあった。アプリケーションを収録するために不要なファイルを削除していたところ,うっかり消すべきではないファイルを消去してCD-Rを作成してしまったのだ。消すべきではないファイルとは,USBキーボードとUSBマウスのドライバである。学校ではUSBマウスを使用していなかったので不具合に気付かなかったが,学生が自宅で使用しようとしてUSBキーボードが使用できないことに気付いた。

 また,学生の自宅のパソコン環境は様々だ。機種によってはそのままで起動しないこともある。起動時に「boot:dynabook」などのブート・オプションを入力することで使用できるようになったこともあった。

 とはいえハード・ディスクにインストールしたOSの場合でも,更新作業は必要だ。拓殖大学ではディスクのイメージ・データをネットワークでコピーするNorton Ghorstを使用してはいるものの,更新のためには各パソコンをフロッピー・ディスクで起動して操作する必要がある。CDを配るだけですむKNOPPIXのほうが更新作業は少ないし,配布してしまえば再インストールする必要はなくなる。

 また,今回の導入実験ではCD-Rを焼く手間はなかった。実験の費用でCD-ROMをプレスしたからだ。費用は400枚で16万円ほどという。さらに,「実験を取りまとめたアルファシステムズが様々なハードウエアでの動作検証ノウハウを持っていたので,動作テストは楽だった」(拓殖大学 佐々木氏)という。

 最近,上記のような問題を解決するための開発も行われている。産総研は2005年4月,本来書き換えることができないCD-ROM上の設定ファイルやシステム・ファイルを,あたかも更新されたように扱うことができるKNOPPIXを公開した。ファイル・システム「Unionfs」を採用し,メモリー上の仮想ディスク(RAMディスク)に更新を記録するというものだ(関連記事)。同じく4月,HTTPでOS本体をダウンロードして起動するLinux「HTTP-FUSE KNOPPIX」も公開した(関連記事

現状を改善したい

 佐々木氏は「年々,学生の勉強に対する意欲が低下してきている」ことを危惧している。「課題を多く課せばすむという問題ではない。『習うより慣れろ』で,少しでも長くプログラミングに触れてもらいたい」。そのため,「自宅でも実習ができる環境を作った」と話す。

 Linux導入実験に参加したのは「学生のモチベーションを上げたかった」(佐々木氏)からだ。「経産省の実験という大きなプロジェクトに関わっている,ということに意義を感じてほしい」(同)

 荒幡小学校の寳迫氏は,既存のパソコン環境やコンテンツに飽き足らない。「人の作った教材は使いにくいところがどうしても出てくる。カスタマイズできないと使いにくい」(寳迫氏)。だから自分で作った。作るにあたっては,教育関係のメーリング・リストでヒントをもらったり意見を交換したりと助力を得た。だから「(得られた成果を)還元するのは当たり前」(同)。自分のホームページで公開した。

 Windowsは教育に向かないと感じていた。簡単に設定を変更されたり,余計なソフトウエアがデフォルトでインストールされていたりするからだ。常々,教育現場にフィットするOSを作りたいと思っていた。だからLinux導入実験に手をあげて参加した。サーバーも中古のパソコンにLinuxをインストールし,自分で設置した。

 荒幡小学校の寳迫氏,拓殖大学の佐々木氏に共通するのは,教育現場の現状に対する問題意識。そしてそれを改善しようとする意志だ。

 KNOPPIXは,様々な数学教育向けの「KNOPPIX Math」や,生物情報解析や教育向けの「Knoppix for Bio」など,ユーザーによって様々にカスタマイズされている。お仕着せではなく,すべてオープンで,どのようにでもカスタマイズできる自由。それが彼らにとって必要なものだったのだろう。

(高橋 信頼=IT Pro)

◎関連資料
独立行政法人 情報処理推進機構(IPA)の2004年度オープンソースソフトウェア活用基盤整備事業「学校教育現場におけるオープンソースソフトウェア活用に向けての実証実験~KNOPPIX利用による実証実験~」(アルファシステムズ)