個人情報保護法が施行されて3カ月が過ぎようとしている。この間にも,三菱信託銀行や日本航空など個人情報の紛失や流出に発展した事故や事件が相次いでおり,経営トップに加えてマーケティングや営業といった個人情報を扱う部署に所属する方々は不安を募らせていることだろう。

 先日,あるコンピュータ会社の社長が,「個人情報保護法対応の案件が急増している」とうれしい悲鳴を上げていた。個人情報を保管するサーバーへのアクセス履歴を監視し,個人情報の流出につながりそうな怪しい動きを見つけ出すサービスの受注が好調だという。

 個人情報の管理を避けて通れない業務といえば,顧客との関係を強化しようと多くの企業が取り組んできたCRM(カスタマー・リレーションシップ・マネジメント)が挙げられる。顧客から得た情報を基に,よりよいサービスを提供して顧客満足度を向上させる――。この考え方自体は間違っていない。ただし,顧客に対してそれをきちんと説明し,了解を得る必要がある。

 さらに,責任を持って運用を続けていくには相当の覚悟が必要だ。個人情報を所有する以上,流出事故を防止するために,手間とコストを惜しむことはできない。それを避けたければ,個人情報をできるだけ利用せずにCRMを実現する方法を考えるしかなさそうだ。果たしてそんなことができるのか。

個人情報はむやみに持たない

 JTBが開発した「お届けくん」と呼ぶシステムはこの疑問に対する1つの解になる。お届けくんは,旅行商品をはじめとする顧客が興味のある情報を配信するためのシステムで,名前や住所といった個人情報を一切必要としない点が最大の特徴だ。お届けくんの利用イメージは次の通りである。

 利用者は,JTBのWebサイトから専用ソフトをダウンロードしてインストールすれば準備完了。後は,国内旅行や海外旅行,グルメといった情報をJTBがインターネットを介して自動的に配信するので,利用者はそれらの中から好きなコンテンツ(情報の内容)を選んで閲覧すればよい。

 これのどこがCRMなのか。実は,お届けくんには端末を識別するID(識別符号)を持たせてある。利用者が情報を閲覧するたびに,どのIDを持った端末がどの情報を閲覧したかという履歴を把握できるわけだ。このIDを基に顧客のし好を把握し,好みそうな情報を配信する仕組みである。

 「IDが何番の顧客はハワイ旅行の情報を頻繁に閲覧する」と分かったら,当該のIDを持つ端末に向けて様々なハワイ旅行の情報を配信する。つまり,顧客ごとに対応を変えるのに個人情報はいらない。同一人物であるかどうかさえ識別できればよく,それにはIDがあれば足りる。

 お届けくんを活用した取り組みは,日経情報ストラテジーが6月24日に主催するイベント「経営情報化サミット2005」で,JTB営業企画本部の吉川広司ブロードバンド戦略室長に詳しくお話しいただく予定である。

 個人情報保護法の施行で大きな影響を受けるのが懸賞キャンペーンだろう。多くの企業はこれまで,抽選で商品が当たるというインセンティブを利用して大量の個人情報を収集してきた。だが現在は,膨大な個人情報を一体どうやって管理するかを懸念する担当者は少なくないだろう。こうした懸賞はやりにくくなっているのが実情である。

 そんななか,「お届けくんを利用すればオープンな懸賞に対する不安を減らせる」と吉川室長は自信をのぞかせる。お届けくんを通して応募ができるようにし,当選の通知もお届けくんで行う。こうすれば,個人情報は当選者だけから受け取ればよいからだ。

 実際,お届けくんが新聞に取り上げられて以来,JTBへの問い合わせが急増しているという。お届けくんへの関心の高まりが示すように,CRM担当者にとって個人情報をむやみに使わない新たな方法を見つけ出すのが急務になっている。

(相馬 隆宏=日経情報ストラテジー)