コンビニエンス・ストアの限られた清涼飲料売り場の冷蔵庫棚をめぐって,飲料メーカー各社がしのぎを削っている。なかでも,今年3月以降は,ペットボトル・タイプの緑茶商品のバトルが一段と激しさを増している。

 過去に例をみない,緑茶の大型商品の発売ラッシュに,消費者は少々戸惑い気味かもしれない。何しろ,3~4月は毎週のように緑茶の新発売やリニューアルが続いている。IT Proの読者は,何種類の緑茶をご存じだろうか。

 激戦の直接のきっかけは,1年前の昨年3月の出来事までさかのぼる。それまで緑茶で失敗続きだったサントリーが「伊右衛門」で起死回生の大ヒットを飛ばした。2004年には合計3420万ケースを販売し,清涼飲料の新商品としては初年度の販売数量で過去最多を記録した。

 伊右衛門は出荷前の需要予測をはるかに上回る売れ行きで,発売3日後から1カ月も欠品した。その出来事を含めて,伊右衛門は昨年,清涼飲料市場で最大の話題を提供したといっていい。伊右衛門は今年に入っても販売が好調で,今年1~3月は累計で前年同期比358%の1100万ケースの販売を達成している。

 これに多いに刺激されたライバルの飲料メーカーが,1年後の今年3~4月にかけて,一気に伊右衛門つぶしに動き出した。そして5月には緑茶市場の巨人,伊藤園も「お~い お茶」を16年ぶりにリニューアルして対抗してきた。新商品発売に伴う各社のキャンペーンや販促グッズの添付もどんどんエスカレートしてきている。成長著しい緑茶市場で出遅れないためにも,飲料メーカーは緑茶の販促には惜しみなくコストをかけている。

各社が販売数量を伸ばし,戦いは長期化

 今年3~4月から続いた発売ラッシュが一息ついたこの5月,飲料メーカー各社の実績が見えてきた。興味深いのは,各社とも販売数量を伸ばす健闘を見せていることだ。緑茶市場を食い合って共倒れすることはなく,どの商品も順調な滑り出しを見せた。例年のように,店頭から1カ月も経たないうちに,新商品が1つまた1つと姿を消していく現象はまだ見られない。飲料メーカーの入念な顧客リサーチと周到な販促準備が功を奏した。

 乱戦ながらも,結果的には業界全体で緑茶を大きく盛り上げたことで,緑茶市場全体が過去最高の活況を呈してきた。今年1~3月,清涼飲料市場全体では前年同期比で2%増と小さな伸びにとどまっているが,緑茶だけを見れば25%増と急進している。しかも,どこか1社が独り勝ちしたのではなく,各社が大きく販売数量を伸ばした。そのため,戦いはこれから,最大の商戦を迎える夏場に向けて,長期化してきたといえる。売り場から目が離せない。

 ここで,各社の実績を見ておこう。3月7日に「一(はじめ)」を新発売した日本コカ・コーラは,発売から34日間で520万ケースを販売した。緑茶の新商品としては最速の販売ペースをたたき出している。清涼飲料最大手の面目躍如といえそうだ。

 一(はじめ)の翌週,コカ・コーラとの正面衝突を避けるように,3月15日に6年目を迎えた「生茶」をリニューアルしたキリンビバレッジも,5月までの実績は好調だ。4月は単月で338万ケースを出荷。今年1~4月の累計では1007万ケースを販売した。5月に入っても販売は引き続き好調で,1月から5月26日現在までの累計でも前年同期比で6%増。晴天に恵まれた大型連休を含む5月単月の実績は10%以上の2ケタ増になった。

 キリンビバレッジは基幹ブランドの生茶を5年間刷新せずに販売してきたが,昨年の伊右衛門の攻勢を機に,6年目についにリニューアルを決断。結果的に,今年の販売に大きく貢献した。「新しい生茶は予定通りの立ち上がりを見せた」(キリンビバレッジ広報部)と,自信をのぞかせている。

年間数十億円のIT投資で大型商品を切らさず供給

 生茶の刷新と6年目の躍進については,日経情報ストラテジーが6月24日に主催するイベント「経営情報化サミット2005」の基調講演で,キリンビバレッジの荒井克一社長に詳しく話していただく予定である。

 荒井社長はキリンビールのCIO(情報戦略統括役員)兼CFO(最高財務責任者)から,昨年3月にキリンビバレッジの社長に転じた人物だ。生茶はキリンビバレッジの屋台骨を支える同社の看板ブランドだけに,荒井社長のリニューアルにかける思いも一段と強い。

 大型商品を市場に投入する際のSCM(サプライチェーン・マネジメント)にも注目したいところだ。記者は昨年夏,社長就任直後の荒井氏にインタビューした。そのとき,荒井社長は年間数十億円規模になるというキリンビバレッジのIT(情報技術)投資の効果として,SCMと需要予測の精度向上を挙げた。

 緑茶のSCMを完成させるには,コンビニとの連携が欠かせない。最近は業界3番手のファミリーマートが店頭の販売データを飲料メーカーなどに開示し始めており,キリンビバレッジも販売データを多いに活用している。何しろ,ファミリーマートとキリンビバレッジの年間取引額は100億円以上と巨大だ。在庫や鮮度管理のための生産調整に,販売データの活用は不可欠になってきている。

緑一色の売り場,メーカーは販促費が重荷に

 生茶のリニューアルに続いたのがアサヒ飲料である。4月6日に「若武者」で各社を追撃した。若武者も販売から1カ月が過ぎた5月中旬までに約300万ケースを販売。既に同社の年間販売目標の約30%を売り切った。

 そして,伊藤園のお~いお茶が5月16日にリニューアルされ,最近は新商品に押され気味だった2年目の伊右衛門も,5月24日に「伊右衛門 新茶」で徹底抗戦に出た。春の新茶シーズンにぶつけて登場した伊右衛門の季節限定商品が,さらに緑茶市場を盛り上げている。大型連休を過ぎてもコンビニの売り場は緑一色だ。

 これだけ同じ時期に緑茶の新商品が出てくると,消費者はかえって混乱してしまうかもしれない。ペットボトルの緑茶の最大消費者である30代以上の男性消費者は,そもそも若い女性より新商品情報に疎いといわれる。

 飲料メーカーもそのことを十分承知しており,大量のテレビ・コマーシャル(CM)で告知に必死だ。各社の今年の新商品の売りは「自然の味わい」である。既に5月に入って,テレビCMは「新商品が出た」という発売告知の内容から,「たくさんの人に飲まれ始めている」といった印象のものに変わり始めている。

 もっとも,テレビCMだけでは新商品の発売を伝えきれない。やはり店頭での販促が欠かせない。特に緑茶の場合,最大のチャネルのコンビニでの商品訴求が必須だ。飲料メーカーは販促費を積み増してでも,コンビニ棚の1段占拠にひた走り,大量陳列合戦に拍車を掛ける。

 飲料メーカーは,大量陳列したときの顧客の反応をすぐに確認したいはずだ。仮説検証こそ,コンビニ攻略のカギを握っているからだ。そのとき役立つのが前述のファミリーマートが開示しているような前週までの販売実績である。コンビニでは毎週月曜日または火曜日に新商品が店頭に並ぶことが多いが,土日を含めた発売第1週の顧客の反応を見て,すぐに生産の上方/下方修正を決断するほど動きが速い。それだけ,どの飲料メーカーも在庫管理や欠品削減に敏感になっている。

 大量陳列による商品告知は,売り場にやってくる消費者との最大のコミュニケーション手段といえるが,飲料メーカーの販促費用はかさむ一方だ。それだけ販促にコストをかけても,売れなくなれば,コンビニは容赦なく商品を店頭から撤去する。

 こんな結果も出ている。キリンビバレッジの2005年12月期第1四半期(今年1~3月期)の連結売上高は,生茶やミネラル・ウオーターの販売が好調で前年同期比6.9%増の約752億円と伸びたものの,逆に連結経常利益は前年同期比86%減の約3億円まで落ち込んでしまった。最需要期である夏場に向けた先行的なマーケティング費用の投資が大きく響いた。キリンビバレッジが生茶のリニューアルによる販売増の「うまみ」を享受できるのは,早くても今年第2四半期以降になりそうだ。

(川又 英紀=日経情報ストラテジー)