米Microsoftは現在,非常に大がかりな二正面作戦を展開中である。1つは「Win32から.NET Frameworkへの移行」というAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)の移行作戦で,もう1つは「32ビットから64ビットへの移行」というハードウエアやOSの移行作戦である。Microsoftにとっての主戦場は,この1年ぐらいの間にかなり変化した。ここで今一度,Microsoftの戦略をまとめてみたいと思う。

Gates会長肝いりの「.NET化作戦」

 まず,Win32(既存のWindows API)から.NET Frameworkへの移行は,2000年から始まったBill Gates会長肝いりの重要な作戦だった。.NET Frameworkは老朽化したWin32を置き換えるものであり,WindowsがWebサービスといった新技術に対応したり,Javaといった新しい勢力に対抗したりするための最重要技術である。Bill Gates会長がCEO(最高経営責任者)の座をSteve Ballmer氏に譲り,「チーフ・ソフトウエア・アーキテクト」という名の現場指揮官に肩書きを変更したのも,この作戦を成功させるためであるように思われる。

 作戦の勢いが最高潮に達したのは,2003年11月に開催された開発者向け会議「PDC 2003」だった。次期Windowsである「Longhorn」(開発コード名)で,最終決戦が行われると宣言したのだ。Longhornでは,APIは.NET Frameworkをベースとした「WinFX」に統一される。OSの新機能も,画面描写の「Avalon」やWebサービス通信の「Indigo」など,.NETを前提としたものが目立った。「Longhorn=.NET」だれもがそう思った。

当初は注目度が低かった「x64化作戦」

 それに対して32ビットから64ビットへの移行は,Microsoftというよりはむしろ,米Advanced Micro Devices(AMD)とWindows NTの初代アーキテクトであるDavid Cutler氏がはじめた「別働隊」による作戦であった。彼らが推進した「x64化作戦」は,当初は米Intelも加わっていなかったため,注目度も低かった。

 しかし,状況は2004年夏を境に大きく変化し始める。.NET作戦の勢いが弱くなる一方で,x64化作戦の存在感がみるみる増してきたのだ。まずAvalonやIndigoがWindows XPやWindows Server 2003に移植されることが発表され,Longhornの新機能の中でも最大の注目株だったWinFSは,スケジュールの遅れが伝えられた。その一方で,x64化作戦はIntelの参加も伝えられ,俄然注目を集めだした。

 そして2005年4月。シアトルで開催されたハードウエア開発者会議「WinHEC 2005」で,x64化作戦の勢いがさらに強化された。WinHEC 2005におけるBill Gates会長の基調講演は「Windows XP/Windows Server 2003 x64 Edition」の発表イベントそのものだった。x64 Editionによる性能向上が高らかに宣言され,Microsoft社内のサーバーやクライアントが,急速にx64化していることが伝えられた。

 その一方で,.NET作戦にとっては衝撃的な宣言が飛び出した。Gates会長は「次世代プラットフォーム」を「Win32 and WinFX」と表現したのである。Win32はLonghornでも新機能用に拡張され,寿命が一段と延びることになった。もちろんWinFXの機能が後退したわけではないが,Win32の寿命が延びた分,「Longhornの新機能が活用できる唯一のAPIであるWinFX」という位置付けではなくなった。

x64化に力を入れるのは合理的だが・・・

 そもそも.NET Frameworkが備える「自動メモリー管理機能」といった開発者を楽にするための機能は,自動車に例えればオートマチック・トランスミッションのようなものである。ドライバーである開発者にとっては非常に重大な問題であり,享受できるメリットも大きい。Windowsのアプリケーション・プラットフォームが.NETに移行することは,遅かれ早かれ間違いないであろう。しかしユーザーは,タクシーのお客のような立場である。タクシーがオートマかマニュアルか気にしても,あまり意味はない。

 これに対してx64化は,タクシーで例えるなら,タクシーの乗員数が増えたりスピードが上がったりすることである。ユーザーに対してメリットを訴えやすい。

 また現段階では,「.NETで作った結果,性能が以前に比べて劇的に向上した」といったアプリケーションの実例がない(ように思える)。そもそも,.NETに移行するためにだけにアプリケーションを作り直したりはしないからだ。

 一方で,「x64化しただけで性能が劇的に向上した」という実例は既に存在する。例えばWindows Server 2003のターミナル・サービスは,x64 Editionで動かすほうが,最大ユーザー数が2.7倍に増えるという。Active DirectoryやIIS(Internet Information Services)の性能も,x64 Editionの方が上だ。

 Microsoftが現時点でx64化作戦を大々的にアピールするのは,とても合理的に思われる。しかし,.NET化作戦が終了したわけではない。.NETの勢いが消えたように見えるのは,「.NET Framework 2.0」「SQL Server 2005」「Visual Studio 2005」という,.NET化作戦の次の主役が足踏みしているからだ。これら3製品が2005年の終わりに出荷されれば,.NET化作戦も再び活発化するに違いない。

(中田 敦=日経Windowsプロ)