4月は新入社員が入社し,多くの企業で年度が切り替わる1年のスタート月。「今年は何にチャレンジするか」。自分の年度目標を上司と面談して決める読者もいるだろう。個人のキャリアアップを目的とする項目もあるが,企業の業績に貢献するかどうかの視点で考えていくのが基本である。

 ただし,業績アップと一口に言っても,売り上げ増や原価低減,販売費削減など指標はいくらでもある。売り上げを増やすにしても手段は様々だ。経営トップが掲げる自社の戦略やビジョンも頭に入れなくてはならない。「自分は一体何をすればよいのか」。全社員がすぐにイメージできるのが理想だが容易ではない。

 日経情報ストラテジー2005年6月号の特集では,社員たちが迷わず行動に移せる仕組みを構築した企業を取材した。日本ゼオンやスルガ銀行,キユーピー,三井住友海上火災保険,ミツカングループ本社。登場する5社は定量的な指標,すなわち「数字」を活用して,「やるべき事」を現場が見えるようにした。注目すべきは,数字の“使い方”。社員一人ひとりのモチベーションを向上させる工夫を盛り込んでいるのだ。

 経営陣が戦略やビジョンを打ち出しても,現場はなかなか期待通りには動いてくれない。格好の良いコンセプトを掲げるだけでなく,それがどんな姿を意味し,何をすればそうなれるのかをはっきりと示す必要がある。数字がそのためのツールになる。経営トップが何を目指しているのかが見えず,どう動けばよいのかが分からないと悩んでいる読者もいるだろう。

顧客満足度の解釈を全社で統一

 それでは,数字をどう使えば現場は動いてくれるのか。三井住友海上の例を紹介しよう。同社が全社を挙げて取り組んでいるテーマが「CS(顧客満足度)向上」。今やどの企業でも重要課題になっているが,具体的な行動まで落とし込むのが難しい。何をしたらよいのかがはっきりせず,現場の動きはバラバラになりがち。結局,掛け声倒れに終わってしまうケースは少なくない。

 何をもってCSが向上したといえるのか。まず社員によって異なる解釈をそろえてあげる必要がある。三井住友海上は,社内の苦情データベースを調べ,「保険証券が届かない」という最も多かった顧客の声を基に「証券作成平均日数」をCSが向上したかどうかを測る指標に決めた。証券を早く顧客に届ければCSが上がると判断したのである。

 この指標だけで現場が動いたわけではない。どうすれば証券作成にかかる日数を減らせるのかが分からなければ,現場の動きはそこでまた止まってしまう。三井住友海上は証券作成日数を短縮するための具体的な方法まで示した。それが,「代理店契約入力率」という指標である。総契約数のうち,代理店が直接,オンラインで契約情報を入力した件数がどれぐらいあったかを示す。オンライン入力すれば,申込書を直接,営業拠点に持ち込むよりも早く証券が作成できる。

 成果を表す指標だけでなく,それを達成するための行動を指標として提示したというわけだ。現場を動かすには,戦略やビジョンを社員がピンとくる段階まで落とし込まなければならないのである。

外部の目にさらせ

 指標を決めて何をすればよいのかを具体的に示せれば,現場の足並みはそろってくる。成果を早く出すには,数字の見せ方も肝心だ。

 指標さえ示せば後は黙っていても目標に向かって社員たちはまい進してくれるという企業もあるだろう。例えば,トヨタ生産方式を取り入れてカイゼンに取り組む現場では,自分自身の目標と戦っている社員を多く見かける。だが,そうした風土が根付いていない場合は,さらに別な仕掛けが必要になる。

 1つは,目標の達成度合いを人事評価と連動させること。もう1つの手としては,数字を全社に公開しお互いの取り組み状況が見えるようにする方法がある。外部の目にさらされれば,現場は「放ったらかしにはできない」という雰囲気になってくる。

 三井住友海上は後者の手段を取った。社内システムを利用して,証券作成平均日数や代理店契約入力率の実績値を月次で全営業拠点が共有する。「よそに比べて,うちの現場は数字が良くないな。負けていられない」――。拠点間に競争心が生まれ,指標の改善が進んでいる。今年1月の証券作成平均日数は,取り組み開始時点から1.5日短縮して4.7日に,代理店契約入力率は1.8ポイント改善して87.0%になった。

 数字で動く現場と聞いて真っ先に思い浮かべるのは営業部門だろう。売り上げやシェアといった明確な数字を週次や月次で追うからこそ活発に動ける。営業部門以外で現場を動かすのに苦心している読者の方は,数字を取り入れてみることによって解決できる可能性は高い。

 とはいえ,指標の選び方によっては現場が間違った方向へ動いてしまう。最適な指標を見つけられるかどうかで数字活用の成否は分かれる。つまり,現場が納得する数字であるかどうかが肝要だ。設定した指標が,「目標達成と因果関係が強い」「自分の業務に密接している」という条件を満たした場合にのみ現場は動く。

(相馬 隆宏=日経情報ストラテジー)