ITベンダーが請け負ったシステム開発がスムーズに進まないときに,「ユーザー側の意思決定が遅い」「要件があいまいでころころ変わる」などと,その原因をユーザー企業のせいにすることが多くはないだろうか。だが,こうした認識では「ユーザー企業との共同作業」であるプロジェクトを成功に導くことはできない。

 現在の企業情報システムは,システム間連携や全体最適,経営との一体化などにより,ますます高度化,複雑化している。こうした状況の中,ユーザー企業のシステム部門はより効率的にシステムを構築するために,従来の「丸投げ」からの脱皮を図っている。例えば,ユーザー主導によるアーキテクチャ策定や要件定義,上流工程におけるベンダーとユーザーの役割分担の明確化などだ。

 ユーザー企業がベンダーに「丸投げ」し,しかも要件自体もフィックスしやすかった時代であれば,ユーザー企業から発注を受けた後は,ベンダーが要件に従って自分たちのやり方で開発して納品すればそれで良かった。

 しかし,ユーザー企業が「丸投げ」ではなく,よりシステム開発に主体的にかかわり,さらに開発途中で要件も変わりやすい,となれば,「受注後は自分たちのやり方で開発すればいい」という姿勢は通用しない。以前よりもベンダーとユーザーが密接に連携する必要が高まっているのである。

 そこでベンダーに求められるのは,「ユーザー企業を批判することではなく,ユーザーとともにプロジェクトを成功に導く姿勢」(ユーザーとベンダーの双方にかかわるあるコンサルタント)である。そのためには,「ベンダーのエンジニアがもっとユーザー企業のことを知る必要がある」(同)。例えば,ユーザー企業の考え方の変化や,組織体制,予算策定の手続き,システムの評価方法,ベンダー選定の方法などだ。

ユーザー企業の手続きや組織を知る

 例を挙げよう。大手ベンダーで長年プロジェクト・マネジャーを務めてきたA氏は,担当するユーザー企業のシステム部長に「まもなくシステム開発を発注する」と連絡を受け,早速優秀なITエンジニアを,自社内や協力会社から招集した。ところが数週間後,システム部長から「社内の設備投資委員会の承認が降りなかった」と連絡があった。A氏はメンバーを一旦解散したが,その後に「やっぱり決定がひっくり返ってやることになった」と連絡があり,再びメンバーを集めたが,急ごしらえだったため明らかにスキル不足だった。結局,納期を守れずに,ユーザーの信頼を失った。

 A氏はユーザー企業の決定に振り回されたうえ,結果的にユーザー企業の信頼も失ってしまった。もし,予算策定・申請の手続きの流れを知っていれば,早まった行動はせずにプロジェクトの失敗を防げたはずである。

 A氏の例は極端と思うかもしれない。だが,そもそもあなたはユーザー企業の予算策定・申請のプロセスをきちんと把握しているだろうか。

 確かに,予算策定・申請のプロセスを知らなくても開発はできるだろう。だが,予算策定・申請のプロセス,言い換えればユーザー企業の社内手続きを知らなければ,ユーザーの都合に合わせたタイミングでユーザーが必要な成果物を提出したり,提案したりすることなどできない。結果的に「ベンダーの都合」で行動してしまうことになり,プロジェクトのスムーズな進行を妨げてしまうことになる。

 また,あなたは自分が担当するユーザー企業のIT関連部門の組織構造がきちんと頭に入っているだろうか。もちろん,知らなくても開発はできる。しかし,顧客の組織構造がきちんと見えていないと,ユーザー企業のIT投資に対する考え方やベンダーに求める役割が見えなくなる。

 システムの評価方法についても同様である。ROIやペイバック,バランススコアカード,ITポートフォリオ・マネジメントといった,IT投資の基本的な評価方法を知らなければ,ユーザー企業がなぜその案件に投資するのかという「基準」が見えてこない。その結果ユーザー視点に立った提案ができなくなる。「プロのエンジニアなら,自分が提案・開発するシステムの評価方法くらいは知っておくべき」(前出のコンサルタント)なのである。

大切なのは「ユーザー視点」に立つこと

 このように,ベンダーのエンジニアがユーザー企業のことを理解していないと,様々な点でプロジェクトに不都合が生じる。

 大切なのは,ベンダーのエンジニアが「ユーザー視点」に立つことだ。顧客であるユーザー企業のシステムを開発する以上,これはあたりまえのことだが,日々の業務が忙しく,案外このことを忘れているエンジニアは多いのではないか。システム開発プロジェクトの失敗が後を絶たない今,改めてITエンジニア1人ひとりがユーザー企業への理解を深めるべきではないだろうか。

 最後に宣伝を。上に書いたような問題意識で,日経ITプロフェッショナル4月号では,「ユーザー企業の今を知る」という特集を組んだ。ITエンジニアがユーザー企業について知っておくべきことを多角的に紹介しているので,ぜひご覧いただきたい(概要はこちらのページに掲載)。

(池上 俊也=日経ITプロフェッショナル)