「IT分野,特にソフト分野で日本の開発力が衰えている。どうすればよいか」――。IT Proでたびたび話題になり,読者の関心も高いテーマである(関連記事1関連記事2)。記者はオープンソース・ソフトウエアを専門にしているので,その視点から,最近の取材でオープンソースが日本のソフトウエア開発力の向上につながると感じたエピソードをいくつかご紹介したい。

最前線で世界のライバルと技術を競う

 先週開催されたオープンソースカンファレンス2005(関連記事)でこんな言葉を聞いた。「正直言って以前は,自分はそれほどアーキテクトとして優れていたわけではなかったと思うが,ソフトウエアの開発を行う中で成長できた。技術的に“階段を上った”と思う瞬間があった」(Seasarプロジェクトの栗原傑享氏)

 Seasarプロジェクトは,JavaによるオープンソースのDI(Dependency Injection)コンテナSeasar2などを開発しているコミュニティ。DIコンテナは,Javaで最も注目を集めている設計思想だ(関連記事)。Springなど海外のDIコンテナが有名だが,Seasarを選び,業務システムを構築しているユーザーがすでに多数いる。Seasarがシステム開発の現場で求められる,より現実に使いやすい実装を追及していることがその理由だ。

 Seasarを生み出し,現在も開発を主導しているのは比嘉康雄氏である(関連記事)。Seasarプロジェクトの「カリスマ」と栗原氏は言う。ただし,ある関係者は「Seasarを開発する前の印象では,突出した技術者という感じはなかった。Seasarを開発する中で成長していったのだろう」と言う。

 Seasarはまだ標準が定まっていない,技術の最前線で世界のライバルと知恵を競っている。SpringやStrutsを超えるものを作ろうとしている。Seasarがデファクトになれるかどうかは分からないが,正解がない技術のフロンティアで必死で考え抜いたことが,比嘉氏や栗原氏に“階段を上らせた”のではないだろうか。

システム構築現場の技術者が作る

 統合開発環境WideStudioを開発した平林俊一氏は,IPA(独立行政法人情報処理推進機構)から「天才プログラマー/スーパークリエータ」に認定された時,「勤務先の上司に『なぜお前が天才プログラマーに?』と言われた」(平林氏)そうだ。

 WideStudioは,開発したGUIアプリケーションを多くのアーキテクチャで走らせることができるビジュアル開発ツールで,数万のユーザーがいると言われる。平林氏は,本業をこなしながら深夜帰宅した後の12時から3時までをWideStudioの開発にあてたという。

 「なぜお前が?」という台詞は,平林氏が謙遜して語った話ではあろうが,本業では発揮し切れなかった同氏の情熱と才能を,オープンソース・プロジェクトが解き放ち,開花させたことも事実だろう。

 筆者にとって嬉しいのは,彼らの原点がシステム構築であることだ。平林氏は,富士通でミッション・クリティカルなシステム構築に携わっている。栗原氏もJavaによるWebシステムなどの構築が本業だ。比嘉氏もインテグレータの技術者で,実際のシステムに適用するフレームワークの整備などを担当している。理念先行ではなく,現場からの目線で考えたことが,彼らの作ったソフトウエアが支持される理由だ。

 システム構築の現場には,そのニーズを知り尽くし,鍛えられた技術者がいる。その力をものづくりのために役立てることは,縦割りの企業組織では難しいが,オープンソース・プロジェクトなら実現できる。

誰でも参加できる「ものづくり」の場

 自ら作り出さなくとも,オープンソース・ソフトウエアは貴重な教材となる。ソースコードはすべて公開され,議論もほとんどメーリング・リストなどで行われるため,設計思想や意思決定の過程をトレースすることができる。技術のフロントラインでアーキテクチャがどう決まっていくかをリアルタイムで見ることができる。

 メインフレームやオフコンでは今後大規模なOS開発プロジェクトが行われることは考えにくいし,UNIXやWindowsの開発は米国の企業によって行われている。しかし,Linuxには日本から多くの技術者が参加しており,若い技術者がOS開発の経験を積んでいる。例えば,富士通 サーバシステム事業本部 Linuxソフトウェア開発統括部長 泉水澄氏によれば,同社が開発中のIA基幹サーバーのアーキテクチャ依存部分の担当者を含めると,Linuxカーネルのコードを書く技術者は富士通に約100名いるという(関連記事)。

 ミラクル・リナックス プロフェッショナル・サービス部長 小田切耕司氏は,前の職場である三菱電機を離れた理由を「三菱電機が開発をやめていって,他社の製品を買ってきて売る,というビジネスが主流になっていった。『ものづくり』が減っていった」と話す(関連記事)。「オープンソース・コミュニティには『ものづくり』があった。そして我々が『ものづくり』に参加できる。それが魅力だった」(同)。

 オープンソースという,誰でも「ものづくり」に参加できる場が,技術力を培うかけがえのない場となっていると感じている。

(高橋 信頼=IT Pro)