PBXディーラーやシステム・インテグレータ各社がモバイル・セントレックスへの取り組みに本腰を入れ始めている。その状況は,日経コミュニケーションの3月15日号(特集「モバイルに走るインテグレータ」)でも伝えた。ここでは特集であまり触れなかった携帯電話事業者3社のモバイル・セントレックスについて,特徴や狙いを簡単にまとめておきたい。企業ユーザーが,今後の電話システム再構築を検討する上でのヒントにもなるだろう。

3社のモバイル・セントレックスは戦略の違いを反映

 携帯電話事業者が提供するモバイル・セントレックスを導入すると,ユーザーは1台の携帯電話機を,社内では内線通話の端末として,社外では通常の携帯電話として利用できる。内線通話は無料または定額で利用できる。NTTドコモは「PASSAGE DUPLE」,KDDIは「OFFICE WISE」,ボーダフォンは「Vodafone Mobile Office」の名称で提供している。それぞれ,携帯電話の拡販を狙っている点では共通している。

 NTTドコモは,事業所PHS「PASSAGE」に代わるシステムとしてPASSAGE DUPLEを開発した。このため使い勝手やシステム構成が事業所PHSと似ている。例えば,事業所PHSでは「内線モード」と「公衆モード」を切り替えて使うが,これはPASSAGE DUPLEでも同じ。携帯電話を内線通話の端末として使うときは「WLANモード」,通常の携帯電話機として使うときは「FOMAモード」と切り替える。

 事業所PHSとの違いは,内線通話のインフラとして“事業所FOMA”ではなく無線LANを採用したこと。NTTドコモが無線LANを採用した理由の一つは,FOMAを情報端末としても売り込みたいから。このため,PASSAGE DUPLEに対応した携帯電話は,Webブラウザ機能を搭載している。

 KDDIのOFFICE WISEは,au事業者網で使っている交換機1台を個々のユーザー企業に割り当てる。システムの構成は,交換機を丸ごと事業所内に設置する構成と,最寄の交換局と専用線でつなぐ構成の二つがある。交換機は,本来は事業者網内で1900万以上のユーザーに携帯電話サービスを提供するために使う。その1台をそのまま企業の事業所内に持ち込むため,導入コストは携帯電話1000台規模で5000万円,300台規模で2000万円とPBXの置き換え並みにかかる。大企業ならともかく,中小企業には割高感が否めない。

 KDDIは,当初から大企業向けと割り切ってOFFICE WISEを開発した。これは,KDDIの法人営業戦略と密接にかかわっている。KDDIが法人向け営業を本格化させたのは2004年4月から。業界トップのNTTドコモとは5年以上の遅れがあるため,まずはボリュームを稼げる大企業を狙っていく戦略だからだ。

 事業者網の一部を企業の内線網として割り当てながら,KDDIとは対照的に中小企業をターゲットにしたサービスが,ボーダフォンのVodafone Mobile Office。実態は通話先をあらかじめ登録した携帯電話番号に限定した音声VPNサービス。あらかじめ登録した携帯電話同士なら定額で通話できる。ユーザーは,別の社員に電話をかける際に「090」などで始まる携帯電話番号で発信する。

 最大の特徴は日本全国を内線網にできる点だが,一方で事業所内のPBXとは連携できないという弱点を抱える。例えば社内の固定電話から社員の携帯電話にかけると,通常の固定発携帯着の通話料がかかってしまう。もともとMobile Officeは,ボーダフォンが欧州で展開している「Vodafone Wireless Office」をベースにしている。Wireless Officeのターゲットは,社内の固定電話を全廃した企業。Mobile Officeも,PBXを持たない,あるいは全廃したい企業なら大幅なコスト削減効果を期待できそうだ。

導入には既存電話システムとの統合も検討が必要

 各社のモバイル・セントレックスを比較して分かるとおり,思いのほか共通点が少ない。企業ユーザーは,自社の規模や使い方に合ったモバイル・セントレックスを選択できる状況にあるだろう。しかし,実際の選択には既存の固定電話システムやサービスまでを含めた検討が必要になる。

 例えば,既存PBXとの連携。多くの企業は一度に高額なコストが発生するリスクを避けるため,事業所ごとに更改時期をずらしている。モバイル・セントレックスもPBXの償却が済んだ事業所から導入するとなると,既存のPBXと連携させる必要がある。ボーダフォンのMobile Officeでは,PBXとの連携を実現できない。もちろん,PBXを全廃するならMobile Officeは有力な選択肢になるだろう。

 既存の電話サービスとの連携にも考慮が必要だ。モバイル・セントレックスに未対応の電話サービスでは電話システムを一つに統合できず,それだけ導入・運用に手間やコストがかかる。NTTPCコミュニケーションズのIPセントレックス・サービスなら,NTTドコモのPASSAGE DUPLEを組み合わせられる。KDDIは,自社のIPセントレックスのほかIP電話「KDDI-IPフォン」や固定電話「メタルプラス」との連携も視野に入れている。

 KDDIは,自社で提供する固定電話サービスと連携させられることが他社にない強み。一方,自社で固定電話サービスを提供できないNTTドコモは,他のサービスと連携させることで用途の広がりを狙う。具体的には,公衆無線LANサービス「Mゾーン」との連携や,対応する家庭向け無線LANアクセス・ポイントの製品化。会社で支給された携帯電話を使い,社内だけでなく駅や公共の施設,自宅でも定額料金で通話できるようにする。まだ構想段階だが,こうしたサービスの将来性も選択時の重要な項目になるだろう。

 このほか,将来を見越してLAN接続機能も検討項目に入れておきたい。既存の業務アプリケーションとの連携など,電話以外の使い方を期待できるからだ。現時点では,NTTドコモのPASSAGE DUPLEだけがLAN接続機能を持つ。KDDIとボーダフォンは音声通話機能しか利用できない。社内LANにつなぐには,いったん公衆網経由でインターネットに接続する必要があり,その分の通信料がモバイル・セントレックスとは別に追加で発生する。

 ただし,NTTドコモは無線LAN機能を搭載した専用のFOMA端末が不可欠。端末の価格は4万5000円前後とFOMA最新モデルの店頭価格に比べて約2倍と割高になる。この点,店頭販売の端末をそのまま使えるKDDIとボーダフォンは,端末の導入コストを抑えられる。既に配布済み携帯電話をそのまま流用することも可能だ。

携帯電話事業者以外の選択肢も出てきた

 携帯電話事業者各社はいずれも,ライバル企業と同じ手法で提供することも考えている。また,携帯電話事業者以外にもアイティフォーの「MoIPソリューション」のように,システム・インテグレータ自らがモバイル・セントレックスをサービスとして手がける業者も出ている。MoIPソリューションは,無線LAN経由でインターネットに接続できる環境であれば,ユーザーは社内外を問わず内線番号で通話できる。

 ほかにもPHS事業者のウィルコム(旧DDIポケット)が15日,同社のPHS同士でかけ放題になるサービスを発表した。ウィルコムのかけ放題サービスはモバイル・セントレックスとは異なるが,ボーダフォンのMobile Officeとよく似ている。既に営業員などに携帯電話を配布している企業なら,その携帯電話をウィルコムのPHSに置き換えることで通話コストを削減できそうだ。ただし,Mobile Officeと同様,既存のPBXと連携できないことを考慮する必要がある。

 企業ユーザーは,今後もますます選択の余地が広がると期待できそうだ。同時に,現時点では各社各様という状況にあって,各社のサービスの特徴と得意,不得意を十分に把握しないと,狙った効果を得られないことにもなりかねない。ブロードバンド競争と違って“安さ”だけで回線を選べないモバイル・セントレックスは,ネットワーク担当者の腕の見せ所となるサービスとも言えそうだ。

(加藤 慶信=日経コミュニケーション)