システムは稼働した。だが,肝心のユーザーはそれを使おうとしない。このような“使われないシステム”が増えている。どうすれば防げるのか――。そんな問題意識から,日経システム構築3月号の特集「こんなシステムは作らない」に取り組んだ。「遅い」「落ちる」「変えづらい」といった,使われないシステムの技術面の課題を明らかにし,対処法を探った記事である。

 この「記者の眼」では,特集であまり触れなかった,作り手の意識の問題を取り上げたい。システム構築の課題は,技術面もさることながら,プロジェクトにかかわる“人”の意識や発言に潜んでいる――筆者は常々,そう考えている。この欄でも以前,「“心が折れるその一言”がプロジェクトを倒壊させる」という記事を書いた。「発注者だから偉い」「ユーザーをねじ伏せよう」といった気持ちから出る言葉が,ときにはプロジェクトを台無しにしてしまうこともある。

 システムの使い手と作り手,どちらもプロジェクトの倒壊や使われないシステムの原因になり得る(注1)。以下であえて作り手側の問題に的を絞ったのは,使われないシステムの取材を通じて,作り手の姿勢や物言いがプロジェクトに及ぼす悪影響が気になったからだ。作り手が「システムの都合」を押し出すことで,使われないシステムに陥る危険が増す,ということである。多くの場合,作り手自身に悪意は無いだけに,厄介な問題ではないだろうか。

注1:この記事における「作り手」は,システム構築に携わるエンジニア全般を指す。経営者や業務部門といったシステムの使い手(エンドユーザー)をリードし,技術力を活かしてシステムを作り上げる人々のことである。

システムの都合に興味無し

 例えば,エンドユーザーと仕様を検討する際,作り手は「システムがXXだからそれはできない」といった説明をしがちだ。それは事実なのだから仕方がない,と言えばそれまでだが,極論するとエンドユーザーは「自分の業務がどう変わるのか」「会社の利益がどう変わるのか」にしか興味が無い。同じ「できない」と主張するにしても,「技術的に実現不可能」と「実現できるが費用対効果が見合わない」では意味合いが異なる。もう少し丁寧に,エンドユーザーが納得のいく説明ができなければ両者の距離を近づけることはできないだろう。

 仕様変更についてはどうだろうか。システムの要求は基本的にはエンドユーザーが持っている。作り手はこれをうまく引き出し,要件定義から設計,実装へとつなげたい。通常,何を作るかという両者の合意は「仕様」として固める。しかし,テストなどで実際に動いているシステムを見ると,エンドユーザーは「これは,自分が欲しかったものと違う」と気づくことが多い。

 これに対して作り手は,「仕様は合意したはず」と文句の一つも言いたくなるはずだ。「いつまでも仕様を決めない」エンドユーザーの甘えが問題の場合もあるだろうし,「エンドユーザーの都合」を盛り込みすぎてシステムが歪む場合もあるだろう。仕様が決まらなければシステムが設計できないから,作り手が「早く,きちんと仕様を決めてほしい」とエンドユーザーに求めるのも無理はない。

 しかし,「動いているものを見なければ,必要なシステムは分からない」というのがエンドユーザーの正直なところでもある。プロジェクトが破綻しないように気を配りつつ,エンドユーザー側の「都合」をどれだけシステムに盛り込めるかが,作り手の力量ではないだろうか。

 今回の取材では,使い手に歩みよろうとする作り手側の様々な努力を聞くことができた。例えば三菱マテリアルの情報システム部門は,エンドユーザーの都合をよりうまく取り込むために開発スタイルを変えた。ある事業部門のSCMシステム構築において,短い期間で開発プロセス(イテレーション)を繰り返すアジャイル手法を用いた。1カ月単位でエンドユーザーにシステムを見せながら,要求を柔軟に取り込んでいった。

使われることがやりがい

 不動産の建設や仲介,管理などを手掛ける東建コーポレーションでは,「大安」の前日は,かなり遅い時間まで情報システム部門のメンバーがシステムの稼働状況を見守るという。顧客が大安に契約を結びたがるため,その前日に,営業社員が契約書を作成しようとシステムに殺到するからだ。「ここ一番の大事なときにシステムに不具合があると,使われない理由を与えることになってしまう」(情報システム部 部長 小山伸治氏)。

 使われないシステムを作らないためには,このような地道な努力を重ねて使い手の満足度を高めなければならない。もちろん,エンドユーザーの「言いなりになれ」と主張しているわけではない。アジャイル手法を取り入れろとか,四六時中システムを見張れと勧めているわけでもない。

 システムに精通しているが故に,作り手は,システムの都合を説明することに熱中してはいないだろうか。もう少しだけエンドユーザーの目線を意識すべきではないだろうか。

 住友林業は昨年末,エンドユーザーに対して行った社内システムの評価をまとめた。システムの「重要度」と「貢献度」を測り,評価の低いシステムに対してピンポイントで改善を加えた。情報システムは,オーダーメイドの要素が多く,利用者のプロフィルも様々。満足度向上は難題だが,手をこまぬいているわけにはいかない。三菱マテリアルの開発を率いた甲元宏明氏(情報システム企画室 室長補佐)は,まず「開発者に“仕様変更”という言葉を使うことを禁じた」という。

 かつて作り手の一人でもあった筆者は,作り手のやりがいは「システムが使われて,役立っている」という実感にあると考えている。作り手自身のためにも,使われないシステムなど,作ってはならない。

(森山 徹=日経システム構築)