最近,システム・インテグレータの経営者や営業担当者と会うと,「顧客からの引き合いが増えてきた」という話が出ることが多い。相変わらずユーザー企業からの料金引き下げ要求が続き,ライバル企業との競争も厳しくなっているなかで,引き合いの増加は,ITサービス業界にとって数少ない明るい話題のはずだ。踊り場にあるとはいえ,日本経済は景気回復モードにあり,個々の企業もIT投資余力が出てきたのだから,引き合いが増えるのは当然ともいえる。

 しかし,現実は少し違うらしい。「引き合いが増えたのは,商談案件の絶対数が増えたというよりも,顧客が1案件で声を掛ける企業の数,つまり検討対象企業数が増えたことの反映だ」。そう喝破したのは,NTTデータシステムズSCAWパッケージ事業部営業部の油野達也部長だ。油野氏には,日経ソリューションビジネスの『熱血!第三営業部』という人気コラムの連載をお願いしており,その関係でITソリューション営業の“現場感覚”について,いろいろと聞く機会が多い。

 その中でも,特にこの話は「なるほど!」と思った。油野氏によると,「引き合いは増えた。でも,失注も増えた」というのが現場の営業担当者の実感だという。もし,システム・インテグレーションなどの商談案件の絶対数が大幅に増えているのならば,こんなことにはならない。そうではなく,ユーザー企業が1案件での検討対象企業数を増やしているからこそ,失注する確率が高くなってきているわけだ。

売り上げ,コストの両面でマイナスのインパクト

 ユーザー企業が提案を依頼する企業数を増やすのは,ある意味当然のことだ。以前のように親密なシステム・インテグレータを使って“ドンブリ勘定”でシステム開発を行うことは,もはや許されない。従って,様々な提案を広く吟味するとともに,できるだけ多くの企業を競わせて料金を引き下げようとするのは,理にかなった行動といえる。

 このように見ると,ITサービス業界にとって引き合いの増加は明るい話題どころか,二重の意味で厳しい事態といえる。まず,1案件当たりの競争が激化することで,ユーザー企業の狙い通りに料金が下がり,受注しても売り上げの減少につながる。

 一方,失注も増加するから,営業担当者だけでなく提案のために動員されたSEの無駄稼働につながり,営業コストの増加をもたらす。つまり,売り上げ,コストの両面からシステム・インテグレータの経営にマイナスのインパクトをもたらすことになるのだ。

 実需増加という裏打ちが少ない以上,こうした引き合いの増加は一種のバブル現象,“引き合いバブル”といってもよい。現場の営業担当者にとっては,新規のユーザー企業から声をかけられ,RFP(提案依頼書)をもらえれば,まるで受注したかのように嬉しいはずだ。しかし,その引き合いにはバブル的要素があることを踏まえておかないと,バブルに踊らされて失注を重ねる結果にもなりかねない。

“当て馬”にされ無益な失注が増加

 それにITソリューションの商談では,ユーザー企業が“当て馬”を使うケースが多い。当て馬とは,発注する気が最初からないにもかかわらず,ユーザー企業が見積もりを取る業者のことだ。発注を内定しているシステム・インテグレータに料金の引き下げ促す手段に使う。また,情報システム部門が発注先の選定理由を経営トップに説明するための“飾り”に使う場合もある。「これらの企業の提案を検討した結果,A社に決定しました」といった具合にだ。

 当て馬にされたシステム・インテグレータはたまらない。有望な新規案件だと思って,長い期間その案件に営業担当者やSEを張り付けるわけだが,そのコストは小さくはない。ここぞという提案には,複数のプロジェクトを担当しているような優秀なSEの力を借りなければならない。つまり,彼らのリソースの一部を提案のために割いてもらう必要がある。

 ユーザー企業に当て馬にされていた場合,こうしたコストや労力は最初から全くの無駄だったことになる。システム・インテグレータの経営体力をすり減らすのは,なにも失敗プロジェクトだけではない。こうした無益な失注の積み重ねもボディー・ブローとして効いてくる。そして引き合いバブルは,こうした当て馬を増やしていると考えた方がよいだろう。

ITソリューション営業の基本を疎かにしたツケ

 こうした状況の中で,システム・インテグレータとしては営業面でどのような手を打てばよいのだろうか。単に営業力強化を叫ぶだけは,なんの問題解決にもならない。一つ言えることは,顧客との信頼関係の構築という営業の基本を少し疎かにしすぎたのではなかったかということだ。

 当然のことながらITソリューション営業では,長い時間をかけて自社の製品・サービスや提案内容などを説明し,ユーザー企業に理解を深めてもらわなければならない。ユーザー企業も時間をかけて話を聞き,その内容を検討するわけだから多くの労力を費やす。そのためにITソリューションの商談では“顧客が聞く耳を持つ状態”,つまりユーザー企業と営業担当者との間に信頼関係ができていることが前提となる。

 新規開拓を目指すのは結構だが,信頼関係もない状況で,場合によっては初対面にもかかわらず,自社の製品・サービスの話ばかりをしてないだろうか。反対に,既存のユーザー企業に対して,開発費を回収したらそれっきりというような“営業”をしてないだろうか。

 ユーザー企業からいうと,システム・インテグレータ同士を十分に競わせた後に,最も信頼する企業に発注するのが理想である。そのためには検討対象企業も増やすし,当て馬も使う。自社製品の話ばかりしているような営業担当者は,格好の当て馬候補だ。信頼関係がないから当て馬にしても心苦しくないからだ。RFPをもらった営業担当者は,自分の営業成果だと胸を張るだろうが,それは大きな勘違いである。

(木村 岳史=日経ソリューションビジネス)