先日,あるベンチャー企業の経営者に取材したときに,面白い話を聞いた。その企業は新しいサービス形態で急成長している流通業で,会社の成長に基づいた新しい情報システムの導入を計画中だった。このため,複数のベンダーの営業部員がシステム提案に訪れていたが,示された提案書は各社とも同じような内容だったという。

「ウチのパッケージには,こんなに多くの機能があるとか,使えばこんなメリットがあるとか,自社の商品を売るという姿勢ばかり。出来合いのパッケージを提案されても,当社の事業形態には合わない。私がシステムに望んでいるのは,当社が現在抱える悩みを解決してもらうことなのに」と,この経営者はこぼす。

 ベンダーからは「ソリューション」という営業スタイルが聞こえてくるが,肝心の提案書の内容を見ると自社の商品の宣伝文句で埋められている場合が少なくない。「いかにコストをかけずにソリューションを売るか」を主眼に置けば,過去の提案書をそのまま流用し,社名だけを変えれば済むだろう。しかし,顧客企業が抱える悩みは決して同じではないし,ERPやSCM,CRMなどのキーワードを並べても,顧客企業には上辺だけのものと見透かされている。

 システムの価格が買いたたかれている時代だからこそ,ライバルのベンダーとの差異化戦略として,たとえコストがかかっても提案書をしっかり書くことが顧客の心をつかむと思う。

提案書はコミュニケーション・ツール

 あるベンダーでトップの成績を誇る営業部員も,提案書の内容にはとても気を使っており,それが営業成績にもつながったという。「提案書は単なる紙ではなく,顧客企業とベンダーをつなぐ唯一の手段。まさにコミュニケーション・ツールなんですよ」。このため,システム内容はもちろんだが,読みやすさを狙って挿入したイラストや写真さえも,顧客企業の規模や特性に応じて細かく使い分けるほどの念の入れようだ。

 例えば,クリップ・アート集にあるようなイラストはほとんど使わない。どこかで見たようなイラストを見せられるだけで,顧客企業は「なんだ,また同じような提案か」と感じてしまうからだ。たとえ使う場合でも,顧客企業の雰囲気に応じて考慮している。まじめな社風で伝統的な雰囲気のある顧客企業の提案書に,アニメのようなイラストを示せば,相手は不快に感じるだけだ。しかし若い社員が多く,ユニークな企業の場合は効果的かもしれない。

 カット写真のように建物やビジネス・パーソンの写真を提案書に張り付ける場合でも,提案書の見栄えを考えて巨大なビル,広いオフィス,かっこいい外人のモデルを使うケースが多い。相手が伝統的な企業であれば,提案書の内容に安心感を与える効果があるかもしれない。だが,相手の会社が中堅・中小企業なら「ウチはこんなに大きな会社じゃないよ」と最初から関心を示さないかもしれないし,逆に大規模なシステムを売りつけられるのではと不安になるかもしれない。こんな些細なことでも,相手の反応は大きく変わってくるはずだ。

 実際,このトップ営業は,提案書を作成する前に顧客企業のホームページを徹底的に分析するそうである。ホームページのデザインやロゴなど見て,どんな社風なのかを研究してから提案に臨むという。これらはちょっとした書き方の工夫だが,顧客の共感を得るためには,提案書がコミュニケーション・ツールである以上,隅々にまで気を使うことがいかに大切か,を感じさせるエピソードである。

まずプレ提案書で仮説を示し,訪問時に検証

 別のベンダーの営業部員の場合は,顧客企業の抱える課題や悩みを解決するため,事前に得られた数少ない情報からでも徹底的に仮説を立てて,「プレ提案書」として盛り込んでいる。そして実際に訪問したときに,仮説の内容をインタビューで検証し,再度,提案書を作成するときには密度の濃い提案ができるようになったという。重要な点は,いかに顧客企業の身になって考えているか,ということだ。
 
 「顧客企業の問題点は,ベンダー以上に顧客企業のほうが良く知っている。我々が顧客企業に与えられる付加価値は,これからどうすべきかを一緒になって考えることだ」という。仮説を立案することが付加価値になり,ライバルの提案書とも違う内容を示せるため,差異化にもつながるわけだ。もちろん,仮説だから実際には間違っているかもしれない。しかし,顧客の悩みを共有しようとする姿勢を示すだけでも,信頼感は増すだろう。

 冒頭のベンチャー企業のケースに話を戻すと,実際に契約を結んだベンダーを選択した理由も,「システムうんぬんではなく,当社の悩みを必ず解決する,と言い切ってくれたことだった」という。景気や経営環境が激変し,多くの企業トップは不安を感じている。単にシステムの話を聞いている暇はない。経営者の悩みをいかに解決するかが本来のソリューション営業の姿であり,提案書の中身もそれに応じた「気の使い方」がほしい。

(大山 繁樹=日経ソリューションビジネス)