いま気になっていることがある。踊り場を迎えているとはいえ,景気が最悪期を脱した今でも,「この国には何でもある。だが,希望だけがない」とか「日本は不景気で富を失ったのではなく,夢をなくしたのだ」といった言葉を,相変わらず耳にすることだ。

 記者が取材をお願いする,IT関連企業や,デジタル家電にわく電機メーカーの技術者からも,ときに同様な声が漏れる。バブルのころは「利益なき繁忙」と揶揄された。それがリストラを経たいま,「希望なき繁忙」になってしまったのか・・・。

 技術者は概して,お人好しなうえに,ハニカミヤで口べた。世渡りはけっして上手ではない。だが,技術や自らの専門への思いは強く,その面では一歩も引かない。遠い昔に技術者だった記者の経験に照らすと,利益なき繁忙でも技術的な夢や希望があれば,実はさほど苦にならない。結構,楽しんで仕事ができる。この技術者の特性を,「小成し威張りたがる性癖」と称する向きもあるが,だからこそ不況だろうが何であろうが,技術は右肩上がりに進展していく。コツコツと目標に向かって進歩を積み重ねていくのは,技術者のDNAにビルトインされた特性である。

 イノベーションの担い手であるその技術者が,目標を失い,夢も希望もなくしてしまうのは何ともまずい。必ずしも目標がないわけではないのだろうが,それがやる気がフツフツとわいてくるような,人生や生活の張りになっていない。

マネジャはいるが,リーダーが不在

 確かに失われた10年(正確には失った10年)は,技術者にとっても辛い時期だった。肩たたきをする立場に嫌気がさして,転職した幹部技術者や会社に申し出てマネジャ職から現場の技術者に戻してもらった中堅技術者。担当した新規事業が打ち切りになり競合他社に買収され,会社を後にした技術者などなど。そして,それを見て育った若手技術者。夢も希望もなくなるのも,分かる気がする。

 失った10年の後遺症もさることながら,マネジメントにも問題があると指摘するのが,ザ・フューチャー・インターナショナル代表取締役の八幡惠介氏である。八幡氏はNECアメリカの社長,LSIロジック日本法人社長,アプライド・マテリアル日本法人社長を経て,現在はシリコンバレーの企業の社外重役のほか,ベンチャー企業への投資と支援を手がけている。日米の企業事情に詳しい八幡氏の目には,「今の日本企業にはマネジャはいるが,リーダーが不在」と映る。目先のことは上手に処理できるが,夢を語れない管理職が少なくないというのだ。

 こうした事情に加えてネオテニー代表取締役社長の伊藤穰一氏が指摘するように,「長く勤めても,社内だけで通用するスキルしか身に付かない大企業に就職することは,いまやハイリスク」といった状況が,大企業の技術者の心を重くしているのかもしれない。

 しかし,時代を切り開くパイオニアであるはずの技術者たちがこれでは困る。日本経済や企業が上昇気流に乗っても,技術者が夢をもてないようでは,産業全体に元気や活気が出てこない。先行きに不安が漂う。是非とも,夢を追い求めていただきたいし,技術専門誌記者としては,技術者魂に火がつき,心躍らせるような記事を書くよう心がけたい。

夢を実現する5原則

 でも,大志が挫けそうになることだって人生にはある。どうすればいいのか。

 こんなことを考えていたときに,ネットイヤーグループ代表取締役社長兼CEOの石黒 不二代氏が日経バイトのコラム「Geeksは眠れない」にカムラン・エラヒアン(Kamran Elahian)氏の話を書いてくれた。エラヒアン氏といってもピンとこないかもしれないが,ペン入力OSを開発した米Momenta,グラフィックスLSIの米NeoMaigicや米Cirrus Logicを創業した起業家である(記者も何度か取材しており,本稿を書くために調べたら,それぞれの会社の名刺が出てきた)。

 そのエラヒアン氏が,米スタンフォード大学の学生(石黒氏も含まれていた)を前に自らの大失敗(Momentaのこと)を振り返ったときに語った物語をここで紹介したい。

 エラヒアン氏が語ったのは,ある失敗だらけの人生だった。話の主は,幼いころに母を亡くし,小学校を中退した。初めての仕事は荷物運びだった。22歳のときに起業したが,あえなく失敗。23歳で州議会の議員に立候補したものの落選の憂き目を見た。25歳で州議員になった。その後,再度起業したが,これも失敗に終わった。

 26歳のときには,恋人と死別した。この影響なのか翌年には,精神を病んだ。そのとき政治への興味がまたフツフツとわき起こる。34歳から5年間,3度にわたり,下院議員選挙で落選した。さらに,46歳では上院議員に立候補したがこれも落選。47歳のときには副大統領に立候補し,失敗した。49歳で上院議員をめざすものの,また落選。

 そして,彼は最後に大統領になる。51歳だった。第16代米国大統領アブラハム・リンカーンの人生である。話し終わったあとにエラヒアン氏はこう語った。「You must believe passionately in and be persistent for what you're doing(自分がしていることを猛烈に信じろ。粘り強く)」。

 実はプラズマ・ディスプレイの開発者として知られる富士通研究所フェローの篠田傳氏も,記者に同じようなことを語ってくれたことがある。会社からなかなか認められないながらも,へこたれず研究に打ち込み,プラズマ・ディスプレイを商品化した篠田氏は,夢を実現するうえで大切なことが五つあると言う。

1.小さなものでもいい。まず夢を育てること
2.成功を信じること
3.努力すること
4.考えて考えて考え抜くこと
5.決してあきらめないこと

 技術者には,夢と希望にあふれる素敵な人生を歩んでほしい。日経バイトも4月号から,技術者の皆さんに夢を提供できるように誌面を強化していく。ご一読いただければ幸いである。

(横田 英史=日経バイト編集長)