数学と科学の基礎を教える

 Squeakは子供向けの教育ソフトであり,またプログラミング環境でもある。プログラミング環境であるから,どんなソフトでも作れる。ただし現在は「子供が数学と科学の基礎を学ぶためのシュミレーション・ソフトを簡単に開発できる」ことを特徴としている。

 子供たちがSqueakを使って開発したソフトをケイ氏は次々に見せてくれた。自動車の絵を描いてそれを動かすソフト,物体の落下を表示するソフト,ウイルスが拡大する様子をシュミレーションするソフトなどである。

 こうしたソフトを子供に作らせる狙いは,数学と科学の基礎を子供に身に付けさせることである。プログラミングを通じて子供をコンピュータに親しませる意図もあるが,あくまでも主たる狙いは「数学と科学の教育」なのである。

 ケイ氏は「多くの子供たちに数学と科学の楽しさ,素晴らしさを知ってほしい。ところが数学と科学を面白く教えられる教師が不足している」と語った。子供たちはSqueakを使って,面白いアニメーションを描き,動かしながら「変数」や「フィードバックシステム」といった数学や科学の基本概念を学んでいけるようになっている。

 Squeak自体は,プログラミング言語「Smalltalk」を使って開発されている。Smalltalkはケイ氏が開発にかかわったオブジェクト指向プログラミング言語である。ただし子供たちはSmalltalkもオブジェクト指向も意識しなくてよい。自分のアイデアを簡単に表現し,いくつかの変数を指定し,処理の分岐条件などを指定するだけで,すぐにソフトを完成できる。数学や科学に関連する処理をするソフトがあらかじめSqueakの中で用意されている。

 Squeakのソフトはすべて公開されており,世界各国の人々が新しい機能を追加している。さらにインターネットを使って,世界の子供たちが自作したソフトを交換し合うこともできる。これらは「コンピュータでないとできない」ことであろう。ケイ氏は「ゆくゆくはSqueakをすべての実例を動画を表現できる百科事典のようにしていきたい」と語ってくれた。

パソコン操作は技術ではない

 かつてのCAIは「コンピュータで一体何を教えたら意味があるか」という質問に答えきれなかった。今回「コンピュータで子供に何を教えるか」という質問に,ケイ氏は「数学と科学の基礎」という回答を示したわけだ。

 本来,科学は実際の器具を使って実験すべきなのであろうが,それには実験室と適切な教員が必要になる。パソコンで実験室の代わりができる,これがSqueakの価値と言える。念のため付言すると,実際の器具を使った実験をケイ氏が軽視しているわけではもちろんない。繰り返すがSqueakは,子供にプログラミングそのものを教え込むものではない。ましてやワード・プロセサやインターネット検索といった,パソコン作法を教える教育方針とは完全に異なる。

 一方,日本で「コンピュータを使って子供に何を教えるか」と考えると,なぜかパソコンそのものを指導する方向へ走り出してしまう。このため学校にパソコンを配ったものの,先生がいない,といった事態に陥る。ちなみに我が国では従来の「技術」の時間を割いてパソコン作法を教えようとしている。ワード・プロセサや表計算,インターネット検索のやり方を修得することは「技術」の勉強とは言えない。強いて言えば国語であろうか。

 コンピュータで子供に何を教えるか。IT Pro読者の皆様も時にはビジネスを離れ,この問いへの回答を考えてみてはいかがだろうか。

(谷島 宣之=日経ビズテック・日経ビジネス・日経コンピュータ編集委員)