世界最大の国際家電見本市,2005 International CESをつぶさにチェックしてきた。ここ数年,取材ネットワークをリフレッシュするために自腹を切って訪れているが,今年の盛り上がりはすごかった(Tech-On!の速報一覧へ)。過激に盛り上がった韓国勢に負けじと日本勢も新技術をこれでもかとアピール。しかし,それら新技術を一つ一つ見てみると,日本国内では手の届かない「絵に描いた餅」状態にしかないものが数多く,やり切れないものを強く感じた。

次世代技術をぶち上げたものの,日本では商品化できず

 その最たるものが,コンセントにモデムを挿し,電力線を通じてHD映像までも送ってしまうという,電力線通信(PLC:Power Line Communication)技術(写真1)。そして同様にHD映像をフルサイズのまま無線でラクラク送ってしまうUWB(Ultra Wideband)技術。いずれも日本では法整備の遅れから,製品化のめどが立っていない(関連記事1関連記事2)。

 電力線通信技術に関し,松下電器産業は,今回,最大170Mビット/秒のアダプタを“技術”展示した。これまで一緒に研究開発を行ってきた「HomePlug Powerline Alliance」(関連記事)から離脱し,独自色を色濃く出したアダプタである。一方,HomePlug Powerline Allianceの中核メンバーであるシャープも,あくまでも技術展示としながらも,古参としての意地を見せるべく,200Mビット/秒の通信ができることをHD映像を送受信する例をひいてアピールして見せた。

写真1●電力線を使って85Mビット/秒の通信をデモする米AsokaUSA社
同社は既に2004年,米国で業界標準となっているHomePlug 1.0に準拠した距離500メートル,速度14Mビット/秒の製品を出荷済だ
 さて,ここで気になるのは,既に欧米の一部では製品が出荷されており,一般ユーザーが自宅で利用可能であること,それに対して,日本では電力線搬送通信方式が他の無線機器などに悪影響を及ぼさないかどうかを現在「実験的に検証」している段階であり,製品化などは全くできない状況に置かれていることのギャップである。

 確かに,こうした技術が欧米で日本より先行しているのはそれなりの理由がある。例えば,電力線が地中に埋められていたり,各家屋間の距離が大きいなど,日本とは異なる事情があり,規制は比較的緩やかにおさまっている。

 逆に日本では,電柱に電力線が張り巡らされ,家屋も木造で密集するものが多い。当然,他の無線機器に悪影響が出やすいのも事実である。しかし,だからといって,こうした素晴らしい技術を製品化して市場に出せるのは欧米のみというのは,明らかに日本の消費者の自由と幸福を奪っていることになる。

 技術は使われてこそ,実用性に磨きがかかる。

 家庭内で複数のアダプタがあった場合にそれぞれをどうペアリングするか,LANとして使うか,1対1通信の映像電送手段として使うか,など,ユーザーに設定させる部分がどうしても出てくる。そうした設定をいかに簡単にさせられるようになるか,などは消費者に揉んでもらってこそ使い勝手が上がる。また,さまざまな利用環境の中で使うことで,スマートな利用形態,あるいは利用マナーとでもいうべきスタイルが確立する。

1月末か2月上旬に実験の検討会開催

 さすがに日本のメーカーもこうした閉塞状況に目をつぶっているわけにもいかず,さまざまな方策を打ち出し,早急な法改正を迫っている。電力線を流れる信号が発する漏えい電波を減少させる技術にも磨きがかかっている。

 2004年1月,総務省はようやく,本当に既存の無線設備などに悪影響を及ぼさないかどうかをテストすることに関する許可を出した。現在はメーカー各社が実験の結果を総務省にフィードバックしている段階で,これを受けて総務省は2005年1月末ないしは2月上旬ごろ,その検討会を開く予定となっている。

 現在のところ,正式な開催日は決定していないが,決定し次第,総務省のホームページなどに開催の案内が出るはずだ。しかし,ここで何らかの方向性が打ち出されたとしても,法改正に至るまでには1年程度かかる見通しだ。さらに,その検討会の結果,PLCが開放されることになるかどうかはまだ全く判断できない状態だ。

日本を幸せにしない後ろ向き志向

写真2●韓国Samsung社のUWBアダプタ試作機
写真3●UWB経由でHD画像を受信
 UWBをめぐる議論も同じ状況だ。米国では,この技術を使った最終製品が2005年第1四半期にも登場の見込みだ。写真2は米Freescales社からライセンスして韓国Samsung社が製造したUWBアダプタの試作機(関連記事)。写真3は,CES会場内に設けられた「HDスポーツバー」でUWB経由でHD画像を受信している様子だ。こうした製品が既に出荷の段階を迎えているのに,日本ではようやく「UWBを無線行政の中でどう考えて行けばいいのか」と議論が始まった段階だ(関連記事)。

 UWBは電力線通信と同じく,ホーム・シアターなどの配線がなくなるという利便性がある半面,設置には細心の注意が必要だという。たとえば,ハイビジョン・チューナーからプロジェクタにハイビジョン映像を送っている最中に人が横切ったりすると,映像が乱れる可能性があるという。したがって,アダプタは壁際の隅っこか,人の背丈より高い位置に設置しなければならない。

 こうした運用面での問題点はさまざまな環境で使われてこそ露呈し,それに対する改良が進む。どう使えるのかを議論している段階では,もうすでにない。

 せっかく世界をリードする基礎技術を持ちながら,日本のユーザーはその恩恵にあずかれていないことがあまりにも多すぎる。メーカーもせっかくの技術を日本では塩漬けにしておくしかない。実に不幸な構図である。

 技術を最終製品に盛り込んでエンドユーザーが使えるようにする際に,規制の壁が立ちはだかるばかりか,既存の枠組みを維持したい古い体質の同業事業者が反対同盟を組み,便利な仕組みをよってたかって押さえ込む。

 米国,欧州で大成功を収めているiTunes Music Storeが日本でだけ圧倒的に出遅れているのは,まさに同じところに根ざす問題だ。

 新しいビジネス・モデルを構築することで,新しい収益源を掘り起こすことになることになぜ気が付かないのか? もし,既存の枠組みに悪影響を及ぼす心配があるのなら,悪影響を及ぼさない方策を対症療法でもいい,新たに加え,何とか使ってみる工夫をなぜしないのだろうか?

 技術は「使うてナンボ」の世界。技術の温存ばかりでは,進歩はない。

(林 伸夫=編集委員室 編集委員)