米IBMは1月11日,同社が保有する500件の特許を,オープンソース・ソフトウエアが無償で利用することを許可する,と発表した(関連記事)。Linuxに対しては,既に特許の利用を許可すると宣言していたが,今回は,Open Source Initiative(OSI)の定義を満たすすべてのオープンソース・ソフトウエアを対象にするという。

 このニュースに対し,マイクロソフト 法務・政策企画本部統括本部長 平野高志氏は「他社の戦略にどうこう言う立場にはない」と前置きした上で,「IBMとMicrosoftの知財戦略はかなり異なるようだ」とコメントした。

 マイクロソフトの方針は「商用ソフトもオープンソースも,同じ世界で存在している以上,共通のルールに従うべき」というものだ。“共通のルール”とは,現在ソフトウエアに適用されている特許や著作権などの知的財産制度である。

 一方で,IBMは「オープンソースには異なるルールが適用されていい」と考えているようだ。筆者がそう感じるのは,IBMの知財・技術担当副社長であるJohn E. Kelly氏が発表した以下のコメントからである。

 「従来のインダストリアル・エコノミーと異なり,イノベーティブ・エコノミーにおいては,知的財産権を,単に所有者に自由と収入をもたらすものとしてではなく,それ以上のものとして適用することが要求される。世界中の開発者の協業に基づく革新,相互運用,オープン・スタンダード,オープンソース・ソフトウエアを促進することは,市場を活性化する」

技術革新を最も促進する知財のあり方は

 Kelly氏はさらに,「我々はオープン・スタンダードに基づくグローバルな革新,およびインタオペラビリティを奨励し,保護するために特許を使う。他社に対してもそうするよう促していく」としている。

 IBMはLinuxを搭載したサーバーを販売している。これに対し,Microsoftは直接Linuxと競合するOSを提供している。IBMがオープンソースを支援することも,Microsoftがオープンソースにも知財の対価を要求することも,それぞれの企業の戦略として自然なものだ。

 だが,この問題は別の視点から考えてみる必要もあるのではないだろうか。一企業の戦略ではなく,どちらが社会全体の利益を最大化できるか,最も社会の効率化と発展に寄与するのはどのようなあり方か,という視点だ。

 ソフトウエアのコストが下がることは,ITの利用コストを低下させ,社会全体の効率を向上させる。しかしだからといって,オープンソースに知的財産権を開放することはしない,とマイクロソフトは言う。「知的財産権は新製品を生み出すための『根源』」(平野氏)。知的財産権から得られる利益を再投資し,技術者や研究者を雇い研究開発を行うことが,新しい技術や製品を生み出す原動力であり,それが社会の発展につながる,という論理である。

 だが,新しい技術や革新は必ずしも企業から生まれるわけではない。インターネットの基盤となるIPやWWW,RISCなど,大学や研究所から生まれた技術は数多くある。同時に「オープンソースは技術革新の最前線にある」(IBM)。要素技術にとどまらず,実際にインターネットや業務システムの中核で稼働しているソフトウエアも数多い。

 企業にいる技術者に限らず多くの技術者が自由に議論し,開発に参加できるオープンソースが,技術革新を生み出すための苗床として機能してきたと評価する方も多いだろう。こうした方々は,“社会全体の利益を最大化する”という視点から「オープンソースには異なるルールを適用する」という考え方を歓迎するだろう。

企業と研究機関のどちらも,技術革新の担い手

 もちろん,JavaやWebサービスなど,企業が中心となって生まれた重要な技術もたくさんある。さらにこのところ,多くのオープンソース・ソフトウエアが企業によって開発されている。当たり前のことだが,企業と研究機関のどちらも,技術革新の担い手として欠く事はできない。

 「商用ソフトウエアもオープンソース・ソフトウエアも,どちらもこの世界にすでに存在し,互いに無関係でいることはできない」(平野氏)。今後も共存していくであろうことは間違いない。

 実は,IBMとMicrosoftの姿勢が180度異なるわけではない。IBMも,同社のすべての特許を公開したわけではない。今後も特許開放を継続することを示唆しているとはいえ,今回の対象となったのは,同社が保有する特許全体からすればほんの一部だろう。Microsoftでも,XML関連の特許など,標準化のために特許を無償供与しているケースもある。

 最も技術革新を促進する知的財産権のあり方はどのようなものか。正直に言って,筆者にはまだ分からない。読者の皆さんはどのようにお考えだろうか。

(高橋 信頼=IT Pro)