12月2日に,読者からいただいたご意見をまとめた記者の眼「【結果発表】IT Pro読者はFirefoxをどう評価したか」を公開した。さらにこの記事に対しても,読者から多くのご意見をいただいた。

 話題は一点に集中した。Internet Explorer(IE)とFirefox(およびMozillaとNetscape)の互換性問題である。「W3C標準に基づくべき」「いや,現場ではMicrosoftによる独自拡張機能と分かっていてもIEに合わせざるを得ない」といった白熱した議論が読者間で交わされた。

 誤解のないように付け加えておくと,IEとFirefoxの互換性については,全体としてはかなり高い評価であった。ただし,JavaSciriptやCSS(Cascading Style Sheet),あるいはtableタグまわりなどの細かい挙動,解釈の違いはある。記者も取材を通じて「カーソル移動を制御するJavaScriptなどで挙動が異なる場合がある」といったIEとFirefox(やNetscape)の非互換性に悩む声を聞いているし,実際,IEでしか閲覧,利用できないサイトもある。読者の意見の中にも,イントラネット(Web技術を利用した社内システム)がFirefoxで利用できない,というものがいくつかあった。

 読者からいただいた意見の中には「独占状態は技術の進歩を停滞させてしまう。競争があることで,新しい技術が登場しやすくなる」という趣旨のものも多かった。こうした意見は,「Firefoxを使ってみたがやはり今後もIEを使い続ける」,とした読者からもいただいている。「総論では“健全な競争”を歓迎。とはいうものの現実を考えると・・・」というところで意見が分かれるようだ。

「特定のブラウザやOSに依存しない」,経産省が調達ガイドライン作成へ

 その後,IT Proでは「経済産業省が特定のWebブラウザやOSに依存しないことを目的としたシステム調達ガイドラインの作成に乗り出す」ことを報じた(関連記事)。この内容についても,読者の方から賛否両論,様々なご意見をいただいた。

 経産省によれば,調達ガイドラインが正式に作成された段階で,その後の経産省としてのシステム調達はガイドラインに沿って行われることになるという。また,この調達基準は,北東アジアOSS推進フォーラム(関連記事)を通じて,日中韓で情報交換されることになるという。

 ほかの省庁や自治体,民間企業への強制力はない。そのため,一気に状況が変わることはないが,公的機関を顧客に持つインテグレータやオーサリング・ツールのベンダーが,ガイドラインに沿った開発を社内基準とするといった可能性も考えられる。

標準ではカバーできない問題も大きい

 このように,公的機関による調達ガイドラインは,健全な競争を生み出すために,一定の効力は持つだろう。また,その拠り所として,W3Cのような各種の標準は重要だ。しかし,それだけでは十分ではない。結局,最大のカギは,ユーザーやサイト制作者が,多くのブラウザが共存することを望んでいるかどうか,ではないだろうか。

 IEが独占に近い状態にあることはある意味で好都合,という意見もある。複数のブラウザ間では,どうしてもJavaScriptやCSSの解釈の違いといった標準でカバーしきれない細かな挙動の違いが残るし,良しあしは別としてIEは文法的に正しくないHTMLでも表示してしまう傾向が強い,といった事情もある。このため,サイト制作者が注意し,主要なWebブラウザで表示や動作を確認することが必要になってくる。このように,複数のブラウザに対応することはコスト増につながるかもしれないし,場合によっては,機能を制限する必要があるかもしれない。

 しかし,このようなちょっとした犠牲を払う価値は十分にあるのではないだろうか。多くのブラウザに優しいサイトを作ることは“非主流派”の使用環境にあるユーザーからのアクセス増を促すかもしれない。多くのブラウザが競う条件を整えることは,長期的には技術革新を促進し,その結果としてユーザーがより便利にアクセスできる状況,サイト制作者がより豊かな機能や表現力を操ることができるようになる状況を作り出すだろう。

ユーザーの意識が形成する世論がカギ

 WebブラウザやOS間の互換性だけでなく,Linuxのディストリビューション間の互換性も課題になっている。オープンソース団体OSDLのアジア担当ディレクタ平野正信氏は「2005年はLinuxディストリビューションの標準化が大きな焦点になる」という。

 現在,Linuxは,カーネルなどほとんど同じソフトウエアを使っていながら,ディストリビューション間の互換性はとれていない。Linux Standard Base(LSB)という標準があるにはあるが,現時点ではAPIなどに限定されており,LSBに準拠したからといってアプリケーションの互換性が確保できるわけではない。OSのディレクトリ構造やプロセス起動スクリプトなどの標準化は手付かずだ。

 ディストリビューション間の競争が,Linuxの品質やサポートの向上を促した面はある。しかし,競争は品質やサポートといった,付加価値の部分で行われるべきで,ディレクトリ構造などディストリビューションの競争力にかかわりのない部分は,アプリケーション・ベンダーやユーザーの利便性のために統一することが望ましいだろう。互換性が高まることによって,Linux全体の市場が拡大することも期待できるだろう。

 Linux Standard Baseではディレクトリ構造やプロセス起動スクリプトなどの標準化を予定している。とはいえ,デファクトとなったベンダーにとっては互換性を高めることは必ずしもメリットにならない。やはりここでも,多数の選択肢を求めるユーザーの声がなければ,標準化は促されないのではないか。

 事実上の標準(デファクト・スタンダード)と,標準化機関による標準は,どちらも万能ではない。ITの利便性と技術革新の向上という目的のためには,両方を組み合わせて利用していく必要があろう。ただしそのようなあり方に実効性を持たせるためには,ユーザーの意識が形成する世論といったものが,欠かせないと感じている。

 “世論の形成”というとちょっと大げさに聞こえるかもしれない。しかし,例えばユーザー企業やサイト制作者が複数のブラウザ間の競争を望み,複数のブラウザで利用できるサイトやシステム作りを心がける,といった地道な努力が,“世論の形成”や“健全な競争”に着実につながっていくのではないだろうか。

(高橋 信頼=IT Pro)