11月9日付けのこの欄で,うつ病などITエンジニアの「心の病」に関するアンケート調査の結果を報告した(記事へ)。アンケート調査は9月に日経ITプロフェッショナルが行ったもので,「医師から心の病との診断を受けた人が約2割に上る」という深刻な状況が浮かび上がった。

 前回の記事には,読者の方から,おしかりや質問を含む数多くのご意見をいただいた。反響の大きさに改めて,心の病の深刻さと啓蒙・対策の重要性を再認識させられた。今回は,いただいたご意見のうち3つを選んで,それに答える形で,心の病への理解を深めるために知っておきたいことを解説する。

 なお心の病とは,ストレスが主な原因の1つとなって起こる病気のこと。耐え難いほど落ち込んだ気分が続いたり何ごとにもやる気や興味を失ったりする「うつ病」,強い不安を覚えたり発作に襲われたりする「神経症」,胃痛や頭痛など体の不調となって表れる「心身症」などがある。

医師の診断は信用できるか?

 アンケート調査では,心の病であるかどうかを判断する基準の1つとして,医師の診断を用いた。この医師の診断について,「安易に診断書を出しているのではないか」と問題提起するご意見が寄せられた。


【読者の意見1】
非常に敏感な部分であるため,賛否両論だと思いますが,産業医が簡単に「心の病」と診断するケースも多く問題と思います。私の勤務するソフト会社でも年々,「心の病」と称して休養を取る人間が多くなってきております。実際,「軽い悩み」と思われることでも,産業医に相談すれば「心の病」と診断され,専門医に行けば高い確率で「心の病」で診断書が発行される。15年ほど前までなら信じられない状態です。産業医としても重大な事態になる前に,芽を摘み取ることを目的として処理しているのかもしれませんが,真に「心の病」か見極めて処理しているか疑問です。もちろん,真に「心の病」を患っている人間がいることも十分承知して,投稿させていただいております。
(30代,ハード・ソフトベンダー,研究・開発部門)

 実は,心の病に関する特集の取材をしたときに,医師やカウンセラーなどの専門家からも,心の病のなかで最も代表的である「うつ病」に関して,安易な診断書の発行を指摘する声があった。単に精神的に落ち込んでいるだけの人を,「うつ病」と診断してしまうケースがあるというのだ。

 なぜそんなことが起こるのか。一部の医師の能力・経験不足もあるが,そもそもうつ病の診断は医師でも難しいことを理解する必要がある。うつ病は,脳内伝達物質の異常を伴う確固たる病気だ。ただし医学的な検査で,脳内伝達物質の状態を調べることは実質的に不可能である。そのため血液検査のような客観的な診断基準がなく,医師はうつ病であるかどうかを診断する際に,問診に頼らざるを得ない。具体的には,患者から「気分の落ち込み」や「食欲の状況」などの自覚症状を聞き取ったり,話し方や目つきなどの様子を見たりして診断する。

 ここで診断にブレが生じる。取材した精神科医によれば,問診で分かる自覚症状や話し方・目つきなどは,単なる精神的な落ち込みと比較的軽度なうつ病で境目があいまいなのだという。経験豊富な専門医であれば「単なる精神的な落ち込み」であることを疑うケースでも,すぐにうつ病であると診断する医師もいる(ただしそれが誤診であるかどうかはよく分からない)。ただしそういう医師は悪意があるわけではなく,コメントにもあるように「重大な事態になる前に芽を摘み取る」という意図があると思われる。

 医師のなかにさえ安易な診断書の発行を問題視する声が挙がっているくらいだから,行き過ぎと感じるのも無理はない。しかし先述したように,うつ病の性質から言って,明確な診断方法を確立するのは容易ではないのも事実。上司を含む周囲の人は,診断が出たことを受け入れるしかないのが実状だ。それだけ,うつ病は難しい病気なのである。

 なお患者という立場では,医師から診断を受けた本人が納得できない場合,別の専門医の診察を受けることをお勧めする。治療を進めるうえでも医師への信頼感は極めて重要なので,納得のいく説明をしてくれる医師を可能な範囲で探すべきである。

「診断を受けた人が2割」という結果の重さ

 心の病との診断を受けた人が2割近い19.2%に上ったことについて,「決して驚くような結果ではない」というご意見をいくつかいただいた。次のコメントはその1つである。


【読者の意見2】
「心の病と診断されたことのある人」2割って,それほど意外ですか?「心の病と感じたことのある人」55%の数字が示すとおり,実際に診察を受ければ「軽うつ」等と診断される人が4~5割いたとしても私は驚きません。職場によってはもっと多いのではないでしょうか。
(30代,システム・インテグレータ,コンサルタント)

 「4~5割いたとしても驚かない」「職場によってはもっと多い」というご指摘は,まさにその通りである。アンケートの結果は,そのことを示している。ただしアンケートの結果として筆者が強調した「2割」という数字の解釈について,意図がうまく伝わらなかったかも知れない。説明が足りなかったので,補足したい。