前回まで2回の動かないコンピュータ・フォーラム・シリーズ「読者が伝えた70の動かないコンピュータから考える(上)」「読者が伝えた70の動かないコンピュータから考える(下)」では,読者のみなさんが経験された動かないコンピュータの実例を詳しく紹介した。

 その中で,これまでの動かないコンピュータ・フォーラムであまり取り上げてこなかった「動かないコンピュータ」として,「完成はしたものの期待していた効果を出せていないシステム」があることを,何人もの方から指摘いただいた。

 まず典型的なコメントを再び引用したい。



 実は,動かないコンピュータは意外に少ない。システム開発プロジェクトはほぼ成功し,安定稼働している。しかし,それを使う人や組織が動かないために,コンピュータが想定した威力を経営上発揮しないというもの。

 公知のように,リーダシップ,戦略シナリオや目標,適切な評価指標の欠如。あるいは,それらの組織への教育,浸透不足など。つまり,経営戦略とIT戦略の乖離,ITガバナンスの欠如だと考えられます。


 偶然だが,記者の知人からも,「最近の動かないコンピュータはシステム開発の問題ばかりに焦点を絞り込みすぎではないか。システムが成功しない理由はほかにもある。多額の費用をかけてシステムを開発している以上,経営との関連を無視して考えるのはおかしい」という指摘を受けた。

 今回のフォーラムでは,改めて「動いてはいるものの役に立っていないシステム」の問題について考えてみたい。

作ることは目的ではない

 言うまでもないが,システムは作ることが目的ではない。当然,目的があってシステムを作ったはずである。大規模なものではその投資額も数十億円,数百億円に達する。動けばよい,というものではない。

 にもかかわらず,動いているだけのシステムは誕生している。記者の知る範囲でも実例はある。

 最近,お邪魔したある大手企業で,新しく完成した基幹系システムについて取材していたところ,「数カ月前まで動いていた旧基幹系システムはほとんど利用されていなかった」という話が飛び出した。以前,グループの他の企業で開発したシステムをベースにして,基幹系システムを開発したところ,カスタマイズ作業が想像以上に発生して開発が長引き,システムが完成したころには業務の実態と合わないものになっていたのだそうだ。

 別の大手企業では,経営陣や幹部の迅速な経営判断を支援するために大がかりな情報系システムを構築したが,ほとんど利用が進まなかった。なんと言っても,このシステムで提供する経営情報を必要だと考える利用者が少なかった。システムの完成後,しばらくして大規模な組織変更が実施されたことも,利用が進まない原因になった。

 当時,この企業は業績が好調だったこともあり,システム開発に金を惜しまなかった。非常に高機能のサーバーを利用し,しかもシステムが停止することのないように二重化構成を採っていた。開発当初の判断はどうあれ,ほとんど利用されないシステムなってしまった結果,システムの性能や可用性を高めたことが,運用コストの増大だけを招くことになった。

 その他の事例として,前々回の動かないコンピュータ・フォーラムで紹介した事例を再掲載する。いずれも官公庁関連のシステムである。



 正確には「動かない」ではなく「使えない」というべきか。計画通りに機能しても使いにくくて末端の仕事の能率を下げた。ある大手システム・インテグレータの開発した官公庁系の会計システムである。これの開発過程は,一言で言ってむちゃくちゃだったようだ。取材できたなら頭を抱えること請け合い。

 制度や法制の変更に伴って,業務内容が実際にどう変わるかも明らかにならないうちから要件定義をしたのだろうか。実際の仕事の流れではなく建前ベースで設計したようだ。
(ユーザー)




 公共主幹で開発し,民間企業が活用して,市民サービスを行うシステムであったが,完成前に主幹の担当者が異動したことと,民間企業の利用メリットが少なく,また,活用推進も十分で無かったために,費用換算すると10分の1の機能も利用されていないし,その事に関して,誰も問題視していない。

 公共機関の事業に対する無責任とプロジェクト管理推進責任の不明確。税金を使ってのプロジェクトで,完成した段階で終了となり,その後の活用チェックが行われていない。また,担当者の異動に伴って着任した後任者は無責任であり,前任者の責任を追求しようとしない(公務員が組織や上司仲間をかばう,問題化を恐れる)。世間には出てこない,このような税金の無駄使いは多いと思われる。(問題が露呈しない)
(ベンダー)


ガバナンスの不在が元凶か

 なぜ,このようなシステムが誕生してしまうのか。まとめてしまえば,冒頭に掲げたコメントにあるように「経営戦略とIT戦略の乖離,ITガバナンスの欠如だ」ということになるのだろう。

 少し話を変える。実は弊誌,日経コンピュータでは2年ほど前から,「不条理なコンピュータ」という連載を継続してきた。この連載では,「『動かす気がない』もしくは『最初から動かす気がない』コンピュータの存在を大きな問題」ととらえて,不条理ともいえる状況の中で進むシステム開発の実態とその問題解決に向けた提言を進めてきた。筆者は日本システムアナリスト協会と不条理なコンピュータ研究会の方々である。

 取り上げた実例も,社長の暴走や役員の実績づくりのためだけにスタートしたシステム開発,逆にCIO(最高経営責任者)が自らの保身に走ったためにシステムが業務の改善につながらなかったケースや有力取引先に振り回されてしまった下請け企業の例など,様々だ。

 記者も一読者の立場でこの連載を読んでいたが,「不条理なコンピュータ」で取り上げられた実例の多くは,まさに「経営戦略とIT戦略の乖離,ITガバナンスの欠如」そのものである。

 だが,上記の例として掲げた企業のすべてがITに対する関心の低い企業ばかりではない。少なくとも記者の実体験として掲げた2社については,むしろIT活用に積極的に取り組んでいる企業という印象を受けている。日本企業の中では比較的,IT戦略やITガバナンスについて真剣に考えている企業と言い換えてもいいほどだ。システムの評価指標の策定に関して,極めてユニークな取り組みを進めている企業もある。

 にもかかわらず,業務に役立たないシステムが誕生してしている。ここにこの問題の根の深さを感じる。