「計画に対してどれだけ成果物が完成しているのか,予算に対して実際のコストはどれくらいかかっているのか。これらを正確に把握できていないために,進ちょくの遅れに気づいた時には,どんな手を打ってももはや納期に間に合わせることは不可能,というケースが増えている」――

 記者は「プロジェクトの進ちょく管理」をテーマとする特集記事(日経ITプロフェッショナル12月号)の一環として,様々なITベンダーのプロジェクト・マネジャやPMO(プロジェクトマネジメント・オフィス)責任者の声を聞いた。そこで強く印象に残ったのは,システム開発プロジェクトの進ちょく管理は,ここにきてますます難しくなっており,多くのベンダーが進ちょく管理のやり方を根本的に見直す必要性を感じている,ということだ。

 冒頭のコメントも,取材で訪れたある大手ベンダーのPMO責任者の言葉である。同氏は現在,社内で相次ぐ赤字プロジェクトの撲滅に奔走しており,進ちょく管理の抜本的な見直しに取り組んでいるところだ。「このままではSI事業の採算性は一向に改善されない。納期を守れないプロジェクトが続けば,社会的な信用も失いかねない」と,同氏は強い危機感を募らせる。

難しくなる一方の進ちょく管理

 では,なぜ進ちょく管理が難しくなってきたのだろうか。その背景にあるのは,ユーザー企業の予算縮小や短納期に対する要求の高まりに加えて,進ちょくの遅れに直結するリスクが多様化しているからにほかならない。このことは,記者が中堅ITベンダーのベテラン・エンジニアから聞いた次のような発言に,顕著に表れている。

 「以前のようなメインフレーム主体のシステム開発プロジェクトでは,メンバーが手がけている作業内容をプロジェクト・マネジャが一通り把握していることが多く,進ちょくの遅れにつながる問題が起きても,経験に基づいて的確な対策を打つことができた。しかし,ERPパッケージの全社導入のように,プロジェクト・マネジャが一度も経験したことのないプロジェクトでは,正確に計画を立てたり計画通りに作業を進めることは極めて難しい」

 加えて最近では,システム間連携に伴う作業内容の多様化・複雑化も,進ちょく管理が難しくなってきた大きな要因になっている。ウイルスや不正アクセス,個人情報漏洩への対策など,セキュリティ確保にかかわる作業は,その最たるものだろう。

 そもそも,ビルや橋などの建造と違って,情報システムの開発では成果物が目に見えない。そのため特に大規模なプロジェクトでは,メンバーからの作業報告だけを頼りに,進ちょくを判断せざるを得ない,という難しさもある。「協力会社やメンバーから,『だいたい7割ぐらい完成した』『今週中には何とか終わる予定』といった,あいまいで根拠の乏しい報告しか上がってこないようでは,正確な進ちょく管理など,おぼつかない」(あるSIベンダーの金融担当プロジェクト・マネジャ)

遅延や予算超過を“可視化”する

 では,こうしたリスクの多様化に打ち勝つには,進ちょく管理をどのように実践すればよいのか。

 言うまでもなくリスク・マネジメントをしっかりと行うことが重要だが,現実問題として様々なリスクをすべて回避することは不可能だ。そこで重要になるのが,進ちょくの遅れをできる限り早い段階で察知し,適切なアクションを起こすことである。このように,リスクが顕在化する前に“芽を摘む”ための有効な進ちょく管理手法として,最近大きな注目を集めているのが「EVM(Earned Value Management)」だ。

 EVMによる進ちょく管理では,まず「WBS(Work Breakdown Structure)」と呼ぶ手法を使って,プロジェクトで実施すべき作業を細かく分割し,個々の作業項目ごとに予定コスト(単位は工数または金額)を定義しておく。これに基づいて,各メンバーが1~2週程度の一定期間ごとに,完了した作業の予定コストと,実際にかかったコストをプロジェクト・マネジャに報告する。プロジェクト・マネジャは全メンバーからの報告を集計してグラフ化し,プロジェクトのスケジュールの遅れやコストの超過を定量的・視覚的に監視する。

 こうしたEVMによる進ちょく管理に取り組むITベンダーが,ここ1~2年で急速に増えている。各社が注目しているのは,進ちょくを定量化・可視化することで,プロジェクトの早い段階で問題を発見したり,遅れを取り戻すための対策を実施できる可能性がぐっと高まることだ。

 いち早くEVMを導入した大手ベンダーの品質保証室長は,「EVMのグラフを常に監視することで,成果物が完成していないのにコストだけが膨らんでいる,といった,プロジェクトの実態を把握するように努めている。EVMを使わないプロジェクトでは,こうした危機の兆候を見逃しやすく,突然あちこちで火を噴く,といったことが起きかねない」と語る。

EVM導入の道のりは平坦ではない

 ここまで読んできて,EVMを導入しさえすれば進ちょく管理がうまく行くと思う方もいるかもしれないが,話はそう単純ではない。というのも,EVMを実プロジェクトに適用するには,試行を重ねてノウハウを蓄積することが不可欠であり,一朝一夕には導入できないからだ。EVMの導入に取り組んでいる大手ベンダーも,社内に研究会などを設けてEVMの評価を進め,1年以上かかってようやく実プロジェクトへの適用を始めたところが多い。

 最大のカベは「厳密なWBSの定義」だと,各社の担当者は口をそろえる。冒頭に紹介した大手ベンダーのPMO責任者は,「EVMによる進ちょく管理では,WBSで定義した作業項目と予定コストをもとに,進ちょくを定量化する。それだけに,WBSがあいまいだったり,いい加減だったりすると,実態とかけ離れた情報に基づいて進ちょく状況を見誤ることになる」と言う。特に,未経験の製品や技術を使ったプロジェクトでは,WBSによる計画作りが難しいので,EVMへの取り組みを躊躇したり,EVMを導入しても効果がないと判断してあきらめてしまうケースが少なくないようだ。

 とはいうものの,こうした課題を乗り越えない限り,リスクに打ち勝つことも,プロジェクトの収益性を高めることもできない。ある大手ベンダーのベテラン・エンジニアはこう強調する。「プロジェクトの開始当初は,不明確な作業内容があって当たり前。分からないからやらない(WBSを定義しない)のではなく,不明確な部分は不明確な部分としてきちんと管理し,プロジェクトの過程で徐々に明確にしながら,EVMに取り組むことが重要だ」

 システム開発プロジェクトを手がけるITベンダーにとって,少しでも早く問題を発見してスケジュール遅延やコスト超過の芽を摘んでいかなければ,低収益体質にあえぐSI事業の成長は見込めない。その意味でEVMへの取り組みは,もはや“待ったなし”と言える。だとすれば,プロジェクト・マネジャはもちろん,チームリーダーとしてメンバーの取りまとめに日々奔走しているITエンジニアにとっても,EVMの理解がますます重要になることは間違いない。

(池上 俊也=日経ITプロフェッショナル)