「IP電話のパケットは優先処理したい」

 今回のデモで見せてもらったのは,「P2Pファイル共有ソフトで使える帯域は5Mビット/秒まで」といった厳密な帯域制限ではない。あくまで「ネットワークが混雑してきたときにどのパケットから捨てるか」というものだ。

 ネットワークの運用担当者にしてみれば,ネットワークが混雑してきたのをそのまま放置はできない。最終的にネットワーク全体がダウンしてしまうかもしれないからだ。そうなる前にある程度のパケットを廃棄し,ネットワークに流れるトラフィック量を抑制する。これは,プロバイダの中核で動く大型ルーターには欠かせないQoS機能といえる。

 では,なぜP2Pファイル共有ソフトのパケットが廃棄される対象となるのか。それは「違法性のあるファイルをやりとりしているから」といった理由ではない。ほかのアプリケーションに比べてパケットを廃棄することの影響が少ないからである。

 例えば,IP電話はリアルタイムに相手と通話するため,コンスタントにパケットをやりとりしている。リアルタイムで通話するには,パケットの遅延は許されない。パケットが相手に届くのが遅れると,会話するのが不自然になるからだ。ネットワークが混雑しても優先して送る必要がある。

 さらに,リアルタイム性を重視するので,トランスポート層プロトコルに再送処理のあるTCPではなく“なにもしない”UDPを使う。そのため,パケットが途中で捨てられると回復できない。パケットが抜けると当然音質は劣化する。こうした特徴があるので,ネットワークが混雑してもなるべくIP電話のパケットは廃棄したくない。

アプリケーションがQoSを決める

 ネットワーク・ゲームもIP電話に似た性質がある。リアルタイム性が求められるので,できるだけ優先して送るのが望ましい。

 ではWebアクセスはどうか。Webアクセスは,ユーザーがパソコンの前に座ってサーバーからの返信を待つという使い方をする。次々とWebサーバーを渡り歩くような使い方が一般的だ。そうなると,サーバーへアクセスする操作をしてから実際にWebページが表示されるまでの時間は,IP電話ほどではないにしても,短いほうが望ましい。

 FTPによるファイル転送では,ちょっと事情が変わってくる。望みのファイルをダウンロードする時間が短いにこしたことはないが,インタラクティブ性は低い。特に大容量のファイルをダウンロードするときに,パソコンの前で終了をずっと待っているという使い方は少ないだろう。

 P2Pファイル共有になると,これが顕著になる。望みのファイルを指定してからダウンロードが終了するまでパソコンの前で待っているユーザーはほとんどいないはずだ。大容量のファイルになると,取得に数時間以上かかるケースも多いからである。それなら,ファイルを取得するまでの時間が仮に5時間から6時間に延びても,ユーザーにとって大きな影響があるわけではないだろう。

 アプリケーションの特徴を加味したうえでトラフィックを適切に処理するQoS機能を利用する。P2Pファイル共有ソフトを目の敵にしてトラフィックを取り締まるのではなく,「ネットワークの混雑時は,パケットを廃棄してもユーザーへの影響が少ないアプリケーションと思われるフローのパケットから廃棄していく」という考え方だ。こうすることで,限られたネットワーク資源の中で,インターネット・ユーザーの「最大多数の最大幸福」が実現するだろう。

QoSによるトラフィック制御はユーザーに受け入れられるか

 筆者は最初の記事で,「コンテンツの流通方法としてP2Pファイル共有ソフトではなくオン・デマンドのサービスが望ましい」と書いた(記事へ)。これは,P2Pファイル共有ソフトのトラフィックがインターネット全体に悪影響を与えているなら,こうすることでインターネットを流れるトラフィックの全体量を削減できると考えたからである。

 さらに2回目の記事では「P2Pファイル共有ソフトのトラフィックを遮断したり,情報量によって料金に差をつけるには,ネットワークを構成するルーターなどに,さまざまな機能が求められるので余分なコストが発生する。だから望ましくない」と書いた(記事へ)。

 しかし,これは間違いだったようだ。余分なコストが発生することは確かだが,ネットワークの増強を繰り返すコストとの比較が必要だろう。ひとたび設定すれば「P2Pファイル共有ソフト的なトラフィック」に網をかけられるApeiroのようなルーターが登場してきたことで,トラフィックを制御するというソリューションの現実性は増した。

 プロバイダの視点に立てば,急増するP2Pファイル共有ソフトのトラフィックに後押しされるままネットワークを増強していては,そのうち採算が合わなくなる。だからといって,P2Pファイル共有ソフトを名指しで非難し,そのトラフィックに制限をかけることはしたくない。「インターネットの風土」にそぐわないからだ。

 ただし,「混雑していたらパケットを廃棄する」というのはネットワークとして当たり前のこと。しかも,なるべく影響の出ないアプリケーションのパケットから廃棄するという「大義名分」も成り立つ。仮に,P2Pファイル共有ソフトのトラフィック増加に合わせてネットワークを増強するにしても,まったく混雑しないネットワークを作るのは理論的に不可能。ネットワークにQoS機能を持たせないと,捨ててはいけないパケットから廃棄されるケースが出てくる。これはプロバイダのサービスとして避けたい。

 フローを識別するQoS機能によるトラフィック制御というアプローチは,P2Pファイル共有ソフトのトラフィックへの現実的な対策となりうるように見える。残る問題は,これをユーザーが受け入れるかどうかという点。みなさんは,QoSによるトラフィック制御を取り入れたプロバイダを受け入れますか?

(藤川 雅朗=日経NETWORK)