取材先のエンジニアから頂いた名刺を整理している箱を見ると,複数枚の名刺をホッチキスで留めた“束(たば)”が目立つ。同一人物だが,役職の異なる名刺を束ねたものである。

 日経システム構築の記者という仕事上,システム開発や運用の現場で手を動かすリーダー・クラスのITエンジニアに話を伺う機会が多い。一日に2件,3件と取材先を回るケースも珍しくはない。並べて数えたことはないが,頂いた名刺の数は相当数に上る。

 同じ取材先に何回か顔を出すこともある。情報系システムを刷新した話の取材中,「近いうちにネットワークも見直す予定でいるんです」といった“こぼれ話”がきっかけとなり,半年後に再取材をお願いする,などだ。

 久しぶりに取材先を訪ねると,その方の役職が「主任」から「課長代理」へ,「課長代理」から「課長」へと変わっていることがある。そうした名刺をホッチキスで留めて管理しているのだが,顔なじみになったエンジニアの多くが,いつのまにか管理職へとシフトしていることに気がついた。

 いずれも優秀なエンジニアであり,初めて取材してから何年も経過しているのだから,出世していて当然ではある。だが,少し不安にもなった。管理職になると好む好まざるにかかわらずマネジメントの仕事が増えていく。おのずと開発現場の第一線から離れざるを得ない。現場は大丈夫なのだろうか。後任のエンジニアは育っているのだろうか,と。

先延ばしできない現場の育成事情

 IT業界の人材問題といえば,団塊世代のベテランSEが大挙して引退する「2007年問題」が有名である。が,オープンシステムに目を向けると,2007年を待たずして一部の企業で世代交代が始まっている。オープンシステムが積極的に利用され始めた90年代初頭から10年以上が経過した。当時,脂の乗り切ったリーダー・クラスのSEの多くが管理職へとシフトし始めたためだ。

 不安な気持ちを払拭するため,オープンシステム開発の世界を引っ張ってきたベテランのエンジニアたちに,後任のエンジニアが順調に育っているのかを聞いて回った。結果,不安は的中。多くのベテランが若手エンジニアの育成に手を焼いていた。ある課長クラスのエンジニアは,「人間は(プログラムと違って)生もの。いじりすぎてもダメだし,放っておいても腐ってしまう。自分がたどってきた道のりをなぞらせるのが正しいとも限らない。(育成は)本当に難しい」と頭を抱える。

 取材を重ねる内に,若手エンジニアの育成は業種業態や企業規模を問わず,共通の課題であることが明らかになってきた。ビジネスが急成長しているネット系企業では,システムの拡充計画に人員補充が追いついていない。古くからホスト・システムを重用している大手企業の中には,システム開発基盤がJ2EEに移り変わっているにもかかわらず,いまだに情報システム部門の大半をホスト要員が占めているところもあった。

腕を磨く実践の場がない!

 第一線で活躍しているベテラン・エンジニアの多くは,開発現場で揉まれ成長してきた。SIベンダーに所属するある課長クラスのエンジニアは,「入社数年目の若手時代に10人ほどの部下が付き,複数のプロジェクトを掛け持ちしていた」と,当時を振り返る。ベテラン・エンジニアは,「試練」を乗り越え,自己の成長に結びつけてきた。

 それならば,今の若手エンジニアにも同じ環境を与え,育成すればよいのでは,と考えたが早計であった。試練を与える機会が減っているのである。

 例えば,プロジェクトの短期化。先述の課長クラスのエンジニアは「1年以上のプロジェクトが当たり前だったころは,プロジェクトを通じて技術者が育つ余裕があった」と当時を振り返る。今では,要件定義からカットオーバーまで3カ月を切るプロジェクトも珍しくない。手戻りが許されないプロジェクトには,経験豊かなエンジニアがリーダー役をつとめるケースが多い。その結果,若手がリーダー役としてデビューする機会は激減した。

 技術の移り変わりもエンジニアの育成と無関係ではない。ホスト開発の時代は利用するOSや言語が最初から決まっているケースがほとんど。組み合わせるミドルウエアも限られていた。一方のオープンシステムでは「同じ技術の組み合わせがないほど多様化している」(あるSIベンダーのエンジニア)。繰り返し経験してきたホスト開発という土俵の中だからこそ,若手エンジニアにチャレンジさせる余裕があった。技術の移り変わりが激しいオープンシステムの世界では,若手を泳がして経験を積ます余裕はない。

目的意識を持てば自ずと育つ

 状況は変化し,若手への試練の場は減った。自然発生的な育成のチャンスがやってくるのを待っていてはもう遅い。一部のベテラン・エンジニアは,若手に対して意識的に“腕試しの場”を与えようと,工夫を凝らし始めている。

 ただし,育成といっても決して教え込むわけではない。若手エンジニアに“自ら学ぶ”意識を芽生えさせるのが本質。そのため,多くのベテラン・エンジニアは,サポート役に徹していた。育成の工夫については,本誌特集「次代を担うSEを育てる」で紹介したので参照していただきたい。

 取材では,ベテラン技術者だけでなく,若手エンジニアにも話を伺う貴重な機会を得た。一部のユーザー企業では,ベテランにお願いして席を外してもらい,若手エンジニアから直接,話を聞くことができた。若手エンジニアは,多かれ少なかれ悩みや課題を抱えていたものの,自分なりに考え,目的意識を持って仕事に取り組んでいた。上司から指示がくるのを口を開けて待ち,漫然と仕事に取り組んでいる若手エンジニアは皆無だった。

 記者は,今回の若手エンジニアへの取材を通じて,「自分なりに考え,目的意識を持つ」ことの大切さを再認識できた。組織に所属している以上,自分の思った通りにいくことばかりではないはずだ。しかし,着実にステップアップしている若手エンジニアの充実した顔を見ると,目的意識を持つことの先に,実現したい夢や目標があるのだと確信できた。同時に,システム開発現場では,次代を担う若手エンジニアが着々と育っていることも分かりホッとした。近い将来,若手エンジニアを脱して中堅/ベテラン・エンジニアとなり,取材に応じてもらえる時期がくるはずだ。非常に楽しみである。

 今回の取材は,ベテランと若手エンジニアに個別に話を伺うという変則的な手法を採ったため,中には4時間を超える取材もあった。長時間に及ぶ取材活動にご協力いただいたエンジニアの方々には,この場を借りてお礼申し上げます。

(菅井 光浩=日経システム構築)